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橋立鍾乳洞。秩父市上影森にある旧跡・名所

橋立鍾乳洞の概要

橋立鍾乳洞は、秩父市上影森にある名所旧跡です。橋立鍾乳洞は、武甲山の西麓に位置、石灰岩が長い年月のあいだに風雨や地下水によって溶解浸食された洞窟で、洞穴の長さは約一三〇メートル、高低差約三三メートルで埼玉県天然記念物に指定されています。江戸期には、修験石龍山橋立寺の奥の院として使用されていたことから、数多くの仏像が安置されています。

橋立鍾乳洞
橋立鍾乳洞の概要
旧跡・名所名 橋立鍾乳洞
みどころ -
区分 名所
住所 秩父市上影森279
備考 入場料200円




橋立鍾乳洞の縁起

橋立鍾乳洞は、武甲山の西麓に位置、石灰岩が長い年月のあいだに風雨や地下水によって溶解浸食された洞窟で、洞穴の長さは約一三〇メートル、高低差約三三メートルで埼玉県天然記念物に指定されています。江戸期には、修験石龍山橋立寺の奥の院として使用されていたことから、数多くの仏像が安置されています。

新編武蔵風土記稿による橋立鍾乳洞について

(上影森村)廿八番觀音
秩父卅四番札所の内なり、堂は南向三間四方、本尊馬頭觀音長七寸二分、[【圓通傳】には一尺三寸と載せたり]木の坐像弘法大師の作、此地や人家を距ること頗る遠く松杉など茂れり、堂前には橋立川の渓流あり、堂後ろには懸巌高く聳て屏障の如く、高さ三四十丈亘り二町餘許東西に羅立せり、其色赤白黒にして、光彩燦然として畫くが如き、殊勝景の地なり、其下にも盤岩つゞきていと趣あり、別當橋立てらそこに立てり、其西邊に岩窟あり、これを胎内潜りと呼り、初め入や西口よりし、出るや東口よりす、出入する所の兩口とも甚狭く、僅に身を容るるばかり、圃して出入せり、最も中は暗く、日月の光を容れず、風雷の聲を通ぜず、向ふ所晦冥にして、往々に乳水點滴せり、郷道の者ありて、人まいに燭を乗らしめて入るに、穴口を下ること漸深くして、或は高く或は廣く、陟降二町半許の間、往々に梯子を設ること五ヶ所、又は材木或は板などを桟架して、渉る所その數少なからず、扨又其間には自然と佛體佛具などの形状を模せり、郷道の者の指點して演舌する所略、其櫱を云はゞ入口より下ること三十歩許にして、蓮華弘誓の雲波無名の瀧乳房等の岩あり、茲にて兩岐し、左に入ること一町半許、その間には頻都留石賽河原地蔵尊、又は見目齅鼻三途川の姥石、或は白髭明神に西宮恵比須・牛馬の岩窟、それより三寶荒神浄頗黎の鏡石、大黒天・辨財天及び十五童子の名岩あり、茲にて行止りとなれば、兩岐せし所まで舊路に復して右に進み、梯子を登ること十七級、それより三十三天・夜摩天・兜率天・四天王・快楽天・他化自在天・忉利天と稱する所あり、又は天人影向石彌勒佛等あり、又梯子を登ること九級、左に五色の瀧大梵天など稱する所あり、又は千手觀音・五智如来・五大尊あり、或は昇り瀧或は難界カ谷とて底際もしれぬ暗谷あり、又は蓮華幔の岩窟、或は降り龍佛天蓋等あり、又梯子を登ること八級、右に百萬遍の念珠来迎柱、或は五百羅漢に、弘法大師の護摩壇、十六善神三世諸佛影迎石など云へるあり、又は天の逆鉾独鈷石、八大觀音の岩窟等あり、又梯子を登ること八級にして、岩穴狭窄なれば匍匐(ほふく)して東口より出るなり、以上命ずる所のもの皆形を以て呼べり、斯の如きは實に天然造化の工にして、塵寰えを出たる佛區の一奇境なり、觀音を巡禮するもの、此岩窟に入しことを穴禅定と云へり、さて此穴禅定の権輿を尋るに、往古より年久しきことなりしが、中頃久那村と此村と争訟ありて、此こと止みしが、元禄年中に三谷助大夫と云ひしもの再興せしとぞ云傳ふ、按ずるに郡中は諸郡にすぐれ、層巒山嶽多く、壑谷竇穴少なからずと云へども、斯る岩窟は比類なき靈蹝なり、宜なるかな釋氏の徒、漫に事を設け名を求め、種々の名目をあげて、人をして佛乗に歸依せしむることや、縁起の略に曰、我葦原中洲は、觀世音菩薩垂跡の洲にして、奇區靈跡は支那竺乾にも譲らず、就中父忍廿八番は郡の南にあたりて、具には天橋立と云、本尊馬頭觀世音は岩窟出現の大士なり、抑此岩窟は七寶所成にして、金胎兩部の蓮華蔵海なり、東西に口ありて日月相對すと云々、【圓通傳】には此觀音の像は、當山に年久しき柚の木を以て、弘法大師作れりとあり、今茲に是非を論ぜず、兩説をあぐ、詠歌に曰、霧の海立かさなるは雲の浪、類ひあらしとわたる橋たて、
奥院。前に載する岩窟をさして云
別當橋立寺
石龍山と號す、庵室の如き小堂にて、堂宇を置けり、大宮郷修験、今宮坊の持なり、【圓通傳】によるときは、大蛇霧の海を出て、觀音の利生にて得脱し、金鱗變じて石となるにより、石龍山と號すと記せり、今は霧の海と云ひし所もしれず、大蛇の石龍と化せしものをも見ず、所謂釋氏の徒奇怪の説を傳ふるものに似たり、爾は云へど、按ずるに桑田變じて海となると聞けば、往古のことは今より測り知るべからず、若しくは橋立川のあたりなどに、淵或は湖水等にてもありしものならんか、(新編武蔵風土記稿より)

秩父市・埼玉県掲示による橋立鍾乳洞について

鍾乳洞は、石灰岩が長い年月のあいだに風雨や地下水によって溶解浸食された洞窟です。この鍾乳洞は、武甲山の西麓に位置する約八〇メートルの石灰岩の大岩壁下にあります。
洞穴の長さは約一三〇メートル、高低差約三三メートルで、内部は複雑に屈曲し、天井からつらら状に垂れ下がった鍾乳石や床下から竹の子状に堆積した石筍、鍾乳石と石筍がつながってできた石柱などが無数にあり、学術上貴重な資料となっています。
(管理者龍河山大渕寺・秩父市教育委員会掲示より)


橋立鍾乳洞の周辺図


参考資料
  • 「新編武蔵風土記稿」