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金仙寺。秩父市下影森にある臨済宗建長寺派寺院

金仙寺の概要

臨済宗建長寺派寺院の金仙寺は、大聖山と号し、秩父七福神の布袋尊です。金仙寺は、鎌倉建長寺を開山した大覚禅師蘭渓道隆大和尚を開山に仰いで、中村左衛門丹次公行(永昌院殿茂林常繁大居士)が開基となり、延文3年(1358)に開創、末寺9ヶ寺を擁していたといいます。また、当寺には、明治17年に起こった秩父事件の秩父困民党総理田代栄助の墓があります。

金仙寺
金仙寺の概要
山号 大聖山
院号 -
寺号 金仙寺
住所 秩父市下影森6650
宗派 臨済宗建長寺派
葬儀・墓地 -
備考 -



金仙寺の縁起

金仙寺は、鎌倉建長寺を開山した大覚禅師蘭渓道隆大和尚を開山に仰いで、中村左衛門丹次公行(永昌院殿茂林常繁大居士)が開基となり、延文3年(1358)に開創、末寺9ヶ寺を擁していたといいます。

新編武蔵風土記稿による金仙寺の縁起

(大宮郷)金仙寺
郷の西にあり、此寺地實は、下影森分にあれども當郷に屬す、其故は上下影森共に、元大宮の分郷なれば、分るゝ時に村界と云ひ、殊に大宮には檀家も多ければとて、此郷に屬せりと云ふ、大聖山と號す、臨済宗、相州鎌倉建長寺末、本尊釋迦を安ず、開山香庵和尚應永十五年入寂、月日を失す、開基は、里正休左衛門が先祖、井上三河守某法名審康宗意、歿する年月詳ならず、除地畑三段三畝十歩、境内東西四町四十間、南北四町門前百姓三戸、末刹九ヶ寺、
門。南向
本堂。南向、六間半九間半、
庫裡。十三間に十間。(新編武蔵風土記稿より)

境内掲示による金仙寺の縁起

金仙寺は山号を大聖山と号し、臨済宗建長寺派に属します。開創は延文三年(一三五八)二月十日、開山は宋僧・大覚禅師蘭渓道隆大和尚、開基は中村左衛門丹次公行(永昌院殿茂林常繁大居士)により開かれた古刹です。(大聖山金仙寺・秩父市教育委員会掲示より)


いいお墓

金仙寺所蔵の文化財

  • 金仙寺枝垂サクラ一本(埼玉県指定天然記念物)
  • 金仙寺四天王像一組(秩父市指定有形文化財)
  • 金仙寺のスギ一括(秩父市指定天然記念物)

金仙寺枝垂サクラ一本

山門を入った左手の庭にあるサクラは、エドヒガンザクラの枝垂性の老樹で、樹齢は六〇〇年と推定されています。
花時に咲き誇る様子は、花笠をかざしたようです。(大聖山金仙寺・秩父市教育委員会掲示より)

金仙寺四天王像一組

本堂内に納められている四天王像は、まろやかで量感にみち堂々とした作風で四天王らしい激しい動きのある表現もみられます。入念な極彩色の紋様、鎧の胸甲を金具で釣る等江戸期の手法が見られます。
この像については、寺院焼失前の山門の楼上に伽藍守護の神として安置したことが胎内願文によって判明し、造像は元禄八年(一六九五)、江戸の伴野氏金四郎光重によるものです。(大聖山金仙寺・秩父市教育委員会掲示より)

金仙寺のスギ一括

参道入口付近には、スギの巨木が散在し亭々と茂り古刹らしい景観を呈しています。
最も大きいものは、目通り四メートル、樹高二〇メートル、樹齢約四〇〇年で、このほか幹まわり二・二メートル、二・三メートル、三・五メートルのものがあり、樹勢は旺盛です。(大聖山金仙寺・秩父市教育委員会掲示より)

金仙寺の周辺図