上唐子白山神社。東松山市上唐子の神社

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上唐子白山神社。東松山市上唐子の神社

上唐子白山神社の概要

上唐子白山神社は、東松山市上唐子にある神社です。上唐子白山神社は、寛文年間(1661-1673)に白山比咩神社を勧請して創建したといいます。明治維新後の社格制定に際し、明治6年村社に列格していました。

上唐子白山神社
上唐子白山神社の概要
社号 白山神社
祭神 菊理姫命、伊弉諾尊、伊弉那美尊
相殿 -
境内社 三峰社
祭日 春祭り4月2日、夏祭り7月23日、秋祭り10月16日
住所 東松山市上唐子1054
備考 -



上唐子白山神社の由緒

上唐子白山神社は、寛文年間(1661-1673)に白山比咩神社を勧請して創建したといいます。明治維新後の社格制定に際し、明治6年村社に列格していました。

「埼玉の神社」による上唐子白山神社の由緒

白山神社<東松山市上唐子一〇五四(上唐子字引野)>
社伝によると、当社の創建は寛文年間(一六六一-七三)のことで、当村の篠田三郎右衛門・堀越三右衛門の両名が尽力して加賀国の白山比咩神社を勧請し、社を建立したという。その後、享保年間(一七一六-三六)に社殿の再建を行った。嘉永二年(一八四九)の大火により類焼の憂き目に遭うが、安政四年(一八五七)に再興を果たした。
往時の祭祀状況については明らかでないが、当社の西方三〇〇メートルほどの地にあった常福寺が、別当として祭祀を司っていたことが推測される。常福寺は無量山佛音院と号する天台宗の寺院で、阿弥陀如来を本尊としていたが、明治初年に廃寺となった模様である。現在、当社の隣接地にある阿弥陀堂は、この常福寺にかかわっていたものと考えられる。
明治六年に村社に列せられ、昭和四年には隣接の畑五歩と宅地六坪余を境内に編入し拡張を行い、神饌幣帛料供進神社に指定された。同五十三年には社伝の再建を行い、現在に至っている。
末社に三峰社がある。この社は、昭和四十年ごろまで氏子の間で結成されていた三峰講によって祀られていた社である。(「埼玉の神社」より)


上唐子白山神社の周辺図


参考資料

  • 「新編武蔵風土記稿」
  • 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)