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長宮氷川神社。ふじみ野市長宮の神社

長宮氷川神社の概要

長宮氷川神社は、ふじみ野市長宮にある氷川神社です。長宮氷川神社は、長徳元年(995)北面武士の星野信秀が出雲大社から祭神を勧請して創建したといいます。名称の「長宮」については、参道がに及び、民家が軒を連ねる様子から称されたとも、中氷川神社(旧称長宮明神社)に由来するともいわれ、長宮明神社と称されていました。明治4年には郷社に列格(明治11年村社に指定)、明治40年に福岡地内の各社を合祀しています。当社所蔵の絵馬4点は市文化財に指定され、そのうち3点は江戸時代の地頭布施家が奉納した大絵馬だといいます。

長宮氷川神社
長宮氷川神社の概要
社号 氷川神社
祭神 須佐之男命・櫛稲田姫・大巳貴命
相殿 -
境内社 鷺宮、浅間、山神・疱瘡・神明・稲荷・八坂合殿
祭日 -
住所 ふじみ野市長宮2-2-4
備考 -



長宮氷川神社の由緒

長宮氷川神社は、長徳元年(995)北面武士の星野信秀が出雲大社から祭神を勧請して創建したといいます。名称の「長宮」については、参道がに及び、民家が軒を連ねる様子から称されたとも、中氷川神社(旧称長宮明神社)に由来するともいわれ、長宮明神社と称されていました。明治4年には郷社に列格(明治11年村社に指定)、明治40年に福岡地内の各社を合祀しています。

ふじみ野市教育委員会掲示による長宮氷川神社の由緒

長宮氷川神社は、江戸時代中期に記された由緒書などの記録によれば、平安時代中期の長徳元(九九五)年北面武士の星野信秀が出雲大社から祭神(建速須佐之男命・奇稲田姫命・大己貴命)を当社に勧請(神を移すころ)したことに始まる。「長宮」の名称のもとになったと伝わる参道は、四丁十六間(約四六五メートル)に及び、民家が軒を連ねる様子から「長宮千軒」と呼ばれたという。
江戸時代には福岡村・中福岡村・福岡新田の鎮守になり、明治時代に福岡村の村社に指定された。明治四十年代の神社合祀で、天神社・愛宕社・日宮社などが境内に移された。
拝殿に奉納された江戸時代前期作の絵馬四点が、市の文化財に指定された。(ふじみ野市教育委員会掲示より)

境内掲示による長宮氷川神社の由緒

神明型の石鳥居が立つ氷川神社は、通称長宮様と呼ばれている。縁起書によれば、長徳元年(九九五)に出雲国から祭神を遷して祀ったものとあり、祭神は三神で須佐之男命・櫛稲田姫・大己貴命である。また、昔、鳥居前の参道沿いに人家が立ち並び「長宮千軒町」と呼ばれる町並みがあったが、いつの頃かその町並みは消滅したと伝えられている。
社殿の造営は、天正十九年(一五九一)にあったと伝えられ、その後、江戸時代を通じて再営や修復が行われたことが記されている。
貞享四年(一六八七)~元禄三年(一六九〇)には、当時の領主であったはたもと布施五兵衛が、力量感あふれたみごとなえきばえの白馬を描いた大絵馬など三点を奉納している。
明治五年に村社となったが、社殿は荒廃していたので明治二十六年に再建の計画が立てられ、翌年落成しこれがほぼ現在の社殿となっている。
例祭は十月一日で、ほかに祈年祭大祓(茅の輪くぐり、七月三十一日)や歳旦祭などが行われる。(境内掲示よより)

「埼玉の神社」による長宮氷川神社の由緒

氷川神社<上福岡市長宮二-二-一四(福岡字観音前)>
鎮座地長宮は市の中央部に位置する。この地は、以前は大字福岡及び中福岡の一部であったが、昭和四八年に行われた土地改良事業の際に、当社の通称にちなんで長宮と名づけられた。
当社の創建は古く、長徳元年(九九五)に出雲国簸河上の杵築大社(出雲大社)からこの地に勧請した社であると伝えられる。長宮の呼称は、その参道が四町一六間にも及んだことから起こったと伝えられ、参道の両脇には家が立ち並び”長宮千軒町”と呼ばれたという。
このように繁栄を誇った当社ではあったが、戦国時代になると相次ぐ戦乱のため町は壊滅し、社殿も荒廃した。しかし、やがて世が落ち着きを見せ始めた天正一九年(一五九一)に郷主の長見伝と長見三郎四郎が社を復興し、慶長一四年(一六〇九)に氏子が社殿を再建し、元和二年(一六一六)にはこれに修繕を加えている。
明治四年には川越県第六区の郷社となったが、同年一一月入間県が成立し、行政区画が改められた結果、村社となった。
祭神は須佐之男命・櫛那陀比賣命・大巳貴命の三柱で、祀職は北面の武士であったと伝えられる福岡信秀を祖とする星野家が創建以来今日の一雄に至るまで累代奉仕している。
なお、当社が長宮と称するのは、一説には、同じく長宮と呼ばれる所沢市三ヶ島の中氷川神社を勧請したことによるともされている。(「埼玉の神社」より)

新編武蔵風土記稿による長宮氷川神社の由緒

(福岡村)
天神社
陣屋跡の傍にあり、星野和泉持、
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長宮氷川社
三ヶ嶋村長宮明神を勧請せしなるべし、是も和泉が持、
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八幡社
是も和泉が持にて、和泉は則當社の傍に居れり、
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日ノ宮権現社
村内西養寺の持。
末社。愛宕社
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八幡社
薬王寺の持、
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稲荷社
古市場村眞福寺の持、
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第六天社二宇
共に薬王寺の持。
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十四夜権現社地
神主星野和泉が先祖を祀る、十四日に死せし故かく號せりと云、今社は廢せり、(新編武蔵風土記稿より)


長宮氷川神社の周辺図

参考資料

  • 「新編武蔵風土記稿」
  • 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)

参考資料