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川崎阿弥陀堂。ふじみ野市川崎にある堂庵

川崎阿弥陀堂の概要

川崎阿弥陀堂は、ふじみ野市川崎にある堂庵です。阿弥陀堂の創建年代等は不詳ながら、本尊の地蔵菩薩像は福岡新田の土橋にかかっていた板碑を当堂へ移したもので、ふじみ野市文化財に指定されています。

川崎阿弥陀堂
川崎阿弥陀堂の概要
山号 -
院号 -
寺号 -
本尊 阿弥陀一尊図像板碑
住所 ふじみ野市川崎2-7
宗派
葬儀・墓地 -
備考 -



川崎阿弥陀堂の縁起

阿弥陀堂の創建年代等は不詳ながら、本尊の地蔵菩薩像は福岡新田の土橋にかかっていた板碑を当堂へ移したもので、ふじみ野市文化財に指定されています。

新編武蔵風土記稿による阿弥陀堂の縁起

(川崎村)
彌陀堂
本尊は長二尺五寸、石にて作れる立像なり、行基の作なりと云傳ふれど、古色にも見えず、村民の持なり(新編武蔵風土記稿より)

上福岡市史資料編による阿弥陀堂の縁起

阿弥陀堂
川崎地区の南、小字石塔前にある。開基年代、由来等は不明である。川崎地区で管理され、無住のために、曹洞宗蓮光寺に仏事法要を依頼している。
(中略)
堂内にあったという行基の作と伝わっていた本尊は焼失したと思われる。現在は阿弥陀一尊図像板碑が本尊として安置されている。
阿弥陀堂は、三三年に一回開帳が行われている。地元の年寄りのなかには、一生のうちに開帳を三回経験すると体が丈夫で長生きできると教わっている人がいた。大正四年に川崎で生まれた人は、昭和二年一二歳のときと昭和三五年の四五歳のときに開帳が行われたが、平成一一年の三回目は、阿弥陀堂の新築と重なり、平成五年の落慶法要と合わせての開帳に参詣したという。
昭和二年の開帳は、一日だけ阿弥陀堂の北側の麦畑を会場にして、東京から芝居一座を呼び盛大に行われた。芝居は一日開帳だったので、無料で見ることができ、芝居小屋にハナがかかったという。このときの役者の名前を書いた板額が阿弥陀堂の旧建造物の外壁に打ち付けてあった。このときの開帳の際には、川崎のみならず、福岡・福岡新田・駒林などの神社・仏閣の総代を招待したという。(上福岡市史資料編より)


川崎阿弥陀堂所蔵の文化財

  • 阿弥陀一尊図像板碑(ふじみ野市指定文化財)

阿弥陀一尊図像板碑

古老の話によると、当阿弥陀堂内に安置されている板碑は、もとは福岡新田の土橋にかかっていたものを持ち帰り、当所に祀ったといわれています。これは、阿弥陀堂の本尊が火災により焼失したため、その代替として板碑を祀ったものであると伝えられています。その後も再度、堂宇が焼失しているため、破損が甚だしく、板碑の表面は黒く変色しています。
板碑は、緑泥片岩で造られ。高さ百二十八センチメートル、最大幅四十一センチメートル、厚さ四・五センチメートルで、頂部には山形や二条線、浅い切り込みの枠線が彫られています。中央の蓮座上には、二重輪光や放射光、光明真言の梵字を背景に、阿弥陀の立像がものの見事に浮き彫りされています。このような均整のとれた美しい立像は、県下でも稀な存在だといわれています。
祈年銘が剥離しているため、正確な年代は不明ですが、形態から鎌倉末期より南北朝初期のものと推定されます。(ふじみ野市教育委員会掲示より)

川崎阿弥陀堂の周辺図

参考資料

  • 「新編武蔵風土記稿」
  • 上福岡市史資料編