小針日枝神社。行田市小針の神社、旧村社
小針日枝神社の概要
小針日枝神社は、行田市小針にある日枝神社です。小針日枝神社の創建年代は不詳ですが、鴻巣市三ツ木の山王社を当社から分霊したといい、旧くから鎮座していたと考えられます。明治5年村社に列格、明治40年に小針村内の字星川と字本郷からそれぞれ御嶽神社を合祀、さらに大沼(弁天)の厳島社、字沼通の宇賀社、字屋敷の稲荷社を合祀しています。
社号 | 日枝神社 |
---|---|
祭神 | 大山咋命 |
相殿 | - |
合祀 | 御嶽神社、厳島社、宇賀社 |
祭日 | - |
住所 | 行田市小針1990 |
備考 | 旧村社 |
小針日枝神社の由緒
小針日枝神社の創建年代は不詳ですが、鴻巣市三ツ木の山王社を当社から分霊したといい、旧くから鎮座していたと考えられます。明治5年村社に列格、明治40年に小針村内の字星川と字本郷からそれぞれ御嶽神社を合祀、さらに大沼(弁天)の厳島社、字沼通の宇賀社、字屋敷の稲荷社を合祀しています。
埼玉県神社庁「埼玉の神社」による小針日枝神社の由緒
当社は四方を水田に囲まれて鎮座している。境内は昭和三五年ころまで数百本の大木が林立し、山王様の山と呼ばれていたが、ほとんど枯死してしまった。境内前方は低地のために以前は上沼・下沼と称する二つの大きな沼があり養魚も行われた。現在、境内の”舟つきの松”だけが当時の名残をとどめ、その樹齢は約四五〇年という。
主祭神は大山咋命であるが、当社の創始にかかわる史料はなく、「風土記稿」に「蔵王権現社二宇 共に村内の鎮守なり、一つは大福寺持、一は神仙寺持」とあり当社は載せていない。口碑に鴻巣市三ツ木の山王社を当社から分霊したことが伝えられるだけである。
「明細帳」によると、境内社として八坂神社と前玉神社があったが、現在は本殿に合祀されている。明治五年に村社となり、同四〇年に字星川と字本郷からそれぞれ御嶽神社を合祀したが、これらは前出の蔵王権現社であり、星川の旧社地を「ゾウ様屋敷」と呼ぶのがその名残である。更に同年字大沼(弁天)の厳島社、字沼通の宇賀社、字屋敷の稲荷社を合祀した。このうち稲荷社は旧地に復している。
当社がいかなる事情で当地に勧請されたのかは、今となっては知る由もないが、境内には種々の石祠・石碑が点在し、中でも天明六年、同七年、同八年二月、同九年と石灯籠が四基も続けて奉納されており、往時の信仰を物語っている。(埼玉県神社庁「埼玉の神社」より)
合祀した蔵王社について
(小針村)蔵王権現社二宇
共に村内の鎮守なり。一は大福寺、一は神仙寺の持(新編武蔵風土記稿より)
小針日枝神社の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿
- 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)