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上赤工八坂神社。飯能市上赤工の神社

上赤工八坂神社の概要

上赤工八坂神社は、飯能市上赤工にある神社です。上赤工八坂神社の創建年代等は不詳ながら、上赤工村の名主石井茂左衛門が伊勢参宮の折に勧請したと伝えられ、『明細帳』では天保11年の創建だといいます。

上赤工八坂神社
上赤工八坂神社の概要
社号 八坂神社
祭神 素戔嗚尊
相殿 -
境内社 -
祭日 例祭7月14日前後
住所 飯能市上赤工70
備考 -



上赤工八坂神社の由緒

上赤工八坂神社の創建年代等は不詳ながら、上赤工村の名主石井茂左衛門が伊勢参宮の折に勧請したと伝えられ、『明細帳』では天保11年の創建だといいます。

新編武蔵風土記稿による上赤工八坂神社の由緒

(上赤工村)
該当記載なし(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による上赤工八坂神社の由緒

八坂神社<飯能市上赤工七〇(上赤工字峰ノ久保)>
当地は『風土記稿』によると陸田が多く水田はわずかで、地形は原市場村に突き出し、村の南・西・北の三方を名栗川が回流している。地名の由来は地味赤土であることから付けられたとある。
当社の創立は社伝によると、昔当地の名主石井茂左衛門が伊勢参宮の途次御神体をうけて帰り、それをこの地に祀り、以来、村民崇敬するという。また、『明細帳』には天保一一年の創建と記されている。
祭神は素盞嗚尊であるが、本殿は神明造りで、内陣には神鏡が奉安されていること、創祀を参宮時にするなど伊勢神宮の関係も考えられる。
当社に残る造営記録は、明治三三年七月の「八坂神社建築人足寄附連名帳」と明治四一年の「八坂神社側面石垣工事寄附帳」がある。造営に当たっては氏子の協力するところ大きく、明治三三年には延べ人足五六二人半の人が投入されている。また、明治三七年八月一五日には境内にガス灯がつけられた。
なお、当社とのかかわり合いは不明であるが、境内に隣接して明治初期まで臨済宗瑞光山東演寺があり、現在、同寺持ちであった地蔵堂のみが当社参道入口に残っている。社務所わきには、廃寺後すぐに共同墓地が造られ、氏子は神葬祭に改めた。寺の跡地は、現在ゲートボール場として利用されている。(「埼玉の神社」より)

飯能市史資料編による上赤工八坂神社の由緒

創建年月日は、はっきりしないが、神社誌は古老の言として、当村名主石井茂左衛門が、伊勢参宮の折に勧請したと、しるす(飯能市史資料編より)


上赤工八坂神社の周辺図


参考資料

  • 新編武蔵風土記稿
  • 「埼玉の神社」
  • 「飯能市史資料編Ⅳ社寺教会」