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小瀬戸浅間神社。飯能市小瀬戸の神社

小瀬戸浅間神社の概要

小瀬戸浅間神社は、飯能市小瀬戸にある神社です。小瀬戸浅間神社の創建年代等は不詳ながら、鎌倉時代頃の領主家臣岡部氏が勧請したのではないかと伝えられます。享保五年に時の名主安藤某らが奉安したとされる嬰児を抱いた観音像が内陣に祀られ、子安観音・子安浅間として信仰を集め、小瀬戸村の鎮守として祀られていました。慶応元年(1865)に戸立岩から当地日向山へ遷座、明治5年には村社に列格していました。

小瀬戸浅間神社
小瀬戸浅間神社の概要
社号 浅間神社
祭神 木花開耶姫命
相殿 -
境内社 -
祭日 例大祭10月15日
住所 飯能市大字小瀬戸230
備考 -



小瀬戸浅間神社の由緒

小瀬戸浅間神社の創建年代等は不詳ながら、鎌倉時代頃の領主家臣岡部氏が勧請したのではないかと伝えられます。享保五年に時の名主安藤某らが奉安したとされる嬰児を抱いた観音像が内陣に祀られ、子安観音・子安浅間として信仰を集め、小瀬戸村の鎮守として祀られていました。慶応元年(1865)に戸立岩から当地日向山へ遷座、明治5年には村社に列格していました。

新編武蔵風土記稿による小瀬戸浅間神社の由緒

(小瀬戸村)
淺間社
村の北山の中腹にあり、村の鎮守なり、例祭六月十六日なり、薬浄院の持、(新編武蔵風土記稿より)

飯能市史資料編による小瀬戸浅間神社の由緒

白髭神社(大字小瀬戸字日向230)
創建年月日は、はっきりしないが、明細帳によれば、口碑を引用して、昔当地に在住した相州鎌倉の家臣岡部氏の勧請したものであろうという。
当社は通称「子安浅間」として信仰が厚い。明治5年村社に列した。(飯能市史資料編より)

「埼玉の神社」による小瀬戸浅間神社の由緒

浅間神社<飯能市小瀬戸二三〇(小瀬戸字日向)>
当社は大字小瀬戸に鎮座し、木花開耶姫命が祭神である。内陣には像高一一六センチメートルの、嬰児を抱いた観音像があり、その姿から子安観音と呼ばれている。この像は享保五年に時の名主安藤某らが伊勢参りの帰りに求めて来たものと伝えられ、「六條住播磨大掾眞的作」の銘があり、元禄期に活躍した関西の鋳物師六條住丹下播磨大掾眞的の作と推定されている。
もともと当社は、現在の鎮座地から約五〇〇メートル離れた戸立岩という所にあった浅間社又は奥の院と称する小さな社であり、近くの薬浄院新福寺が別当であったが、観音像が納められたことにより、子安浅間大菩薩として、盛んな信仰を集めるようになった。
慶応元年には戸立岩から日向山(現在地)への遷座が行われたが、これを行った名主の安藤直衛門は、川越城に出入りしていたことから神仏分離をいち早く察知し、当社を村の鎮守として、神体は人目に触れぬようにするなど、氏子と力を合わせて、観音像が没収されないように守った。
明治五年に村社となる。その後も信仰はますます盛んになり、昭和五七年一〇月には一間社流造りの本殿も新築された。(「埼玉の神社」より)


小瀬戸浅間神社の周辺図


参考資料

  • 新編武蔵風土記稿
  • 「飯能市史資料編Ⅳ社寺教会」