猫の足あとによる埼玉県寺社案内

秩父御嶽神社。飯能市坂石の神社

秩父御嶽神社の概要

秩父御嶽神社は、飯能市坂石にある神社で、氏子を持たず、崇敬者で支えられている神社です。秩父御嶽神社は、坂元出身の御嶽教の教師鴨下清八氏(清貫一誠霊神)が木曾御嶽山(オンタケサン)を分霊して、明治28年当地に福寿山を開山、明治43年に坂元村の村社秩父彦神社を当地へ遷座させ、さらに大字南字上中沢の知久良神社を合祀し、秩父御嶽神社と改称、社殿は木曽の御嶽山を遥拝する向きに造営されています。日露戦争後の大正14年には、東郷元帥の承諾を得て、東郷元帥銅像を建立、東郷元帥自身により除幕された唯一の生身銅像だといいます。東郷元帥ご他界後の大正10年には東郷神社が建立されています。なお前身となった秩父彦神社は、垂仁天皇の時代に知々夫彦命を勧請し、中古伊弉冉命・伊弉諾命を合祀して聖天社と称したと伝えられ、源義経の家臣岡部六弥太が当地に落ちのびて居住した際に社殿を補修、以後岡部家の氏神として崇敬され、明治維新後に秩父彦神社と改称していました。

秩父御嶽神社
秩父御嶽神社の概要
社号 秩父御嶽神社
祭神 秩父彦命、国常立尊、大己尊命、少彦名命
(福寿山祭神) 國狭槌尊八海山提頭羅神王、國常立尊御嶽山座主大権現、豊斟渟尊三笠山刀利天
境内社 東郷神社、乃木神社、普寛霊神、一心霊神、大江権現社、日本武尊社、阿留摩耶天社、大黒天社
縁日 毎月9日・18日・27日
住所 飯能市大字坂石661
備考 -



秩父御嶽神社の由緒

秩父御嶽神社は、坂元出身の御嶽教の教師鴨下清八氏(清貫一誠霊神)が木曾御嶽山(オンタケサン)を分霊して、明治28年当地に福寿山を開山、明治43年に坂元村の村社秩父彦神社を当地へ遷座させ、さらに大字南字上中沢の知久良神社を合祀し、秩父御嶽神社と改称、社殿は木曽の御嶽山を遥拝する向きに造営されています。日露戦争後の大正14年には、東郷元帥の承諾を得て、東郷元帥銅像を建立、東郷元帥自身により除幕された唯一の生身銅像だといいます。東郷元帥ご他界後の大正10年には東郷神社が建立されています。なお前身となった秩父彦神社は、垂仁天皇の時代に知々夫彦命を勧請し、中古伊弉冉命・伊弉諾命を合祀して聖天社と称したと伝えられ、源義経の家臣岡部六弥太が当地に落ちのびて居住した際に社殿を補修、以後岡部家の氏神として崇敬され、明治維新後に秩父彦神社と改称していました。

新編武蔵風土記稿による秩父御嶽神社の由緒

(坂石村)
聖天社
神體銅像、長五寸、例祭六月十四日・十一月十四日なり、慶安年中二石の御朱印を賜ふ、神職枝窪式部吉田家の配下なり(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による秩父御嶽神社の由緒

秩父御嶽神社<飯能市坂元一四八-二(坂元字コモノ久保)>
当地は秩父山地にある農村で、坂元の地名の由来は正丸峠と南沢峠のふもとに当たるためという。
『明細帳』に「本社ハ曩ニ本村大字同字坂元ニ鎮座シ秩父彦神社ト号セシカ明治四十三年九月五日当所ヘ移転ト同時ニ同村大字南字上中沢知久良神社ヲ合併シ社号ヲ秩父御嶽神社ト改称ス」と載せ、また、社伝には「垂仁天皇の時代に知々夫彦命を勧請し、中古伊弉冉命・伊弉諾命を合祀して聖天神社と称した。建久元年源義経の家臣岡部六弥太当地に落ちて居住し、当社を崇敬し社殿を補修する。永徳五年六弥太の子孫岡部新左衛門が本殿を再建し以来岡部家の氏神として崇敬される、明治維新により社名を秩父彦神社と称する」とある。
社記による祭神は国常立尊・大己貴命・少彦名命・知知夫彦命の四柱であり、明治七年に村社となる。
明治二七年、坂元生まれの御嶽教教師鴨下清八は福寿山を開き、木曾御嶽山を分霊した。同四三年、清八は当社を福寿山に移転し、大字南字上中沢の知久良神社を合祀して秩父御嶽神社と改称した。
参道には東郷元帥・乃木大将の銅像・東郷神社・乃木神社・三笠山大神・八海山大神・清滝不動尊・阿留摩耶大権現などがある。(「埼玉の神社」より)

飯能市史資料編による秩父御嶽神社の由緒

秩父御嶽神社
大字坂元字コモノ久保145
秩父彦命、国常立尊、大己尊命、少彦名命
創建年月日は、はっきりしない。神社誌、明細帳は、伝聞として、垂仁天皇の時代に勧請。建久元年(1190)、岡部六弥太が堂宇を補修。
永徳5年(1385)、岡部六弥太の子孫、岡部新左衛門が本社を再建。明治7年村社に列し「秩父彦神社」として、坂石宮前に鎮座した。同43年大字南字上中沢の知久良神社を合祀して、「秩父御嶽神社」と改称した。(飯能市史資料編より)


境内掲示による秩父御嶽神社の由緒

御嶽山東郷公園秩父御嶽神社御案内
当山は、御嶽山東郷公園、秩父御嶽神社と謂い、明治二十八年十一月故鴨下清八氏の開山によるもので、名将東郷元帥の記念公園を境内にした木曽御嶽山の御分霊を奉斎する霊山である。
御祭神
國狭槌尊八海山提頭羅神王
國常立尊御嶽山座主大権現
豊斟渟尊三笠山刀利天
例祭日 毎月九日・十八日・二十七日
参道入口には、開山者清貫一誠霊神銅像及び講社信仰に貢献せる諸霊神碑霊場があり、それより足を進めると、日露戦争遺物の三笠艦弾痕の甲板や砲弾、布設水雷、野砲、東郷元帥銅像、乃木大将銅像等々がある。東郷元帥銅像は元帥自ら臨席除幕なされた日本唯一のものにして東郷生身銅像とも謂う。傍には元帥御手植えの松が今でもその緑をたたえている。
境内中腹より、三百六十五段の石段を登り途中祈禱殿各末社を経て頂上奥社に達する。
全山に、楓樹数百本あり十一月初中旬紅葉は特に美しい。
秩父御嶽神社社務所(境内掲示より)

境内掲示による秩父御嶽神社本殿について

秩父御嶽神社は当山開祖の鴨下清八氏が明治28年信州木曽御嶽山の御分霊を勧請し、当所にお祀りしたことにより始まります。
この拝殿にてお参りするとき、祈りが本山の神々にこだますようにと、木曽の御嶽山を遥拝する向きに御造営されました。
毎年、7月9日に世界の平和と講中信徒の安全祈願祭が執り行われています。
現在の社殿は平成10年の開山百周年記念事業で、新しく建てなおされたものです。(境内掲示より)

境内掲示による秩父御嶽神社本殿について

秩父御嶽神社は当山開祖の鴨下清八氏が明治28年信州木曽御嶽山の御分霊を勧請し、当所にお祀りしたことにより始まります。
この拝殿にてお参りするとき、祈りが本山の神々にこだますようにと、木曽の御嶽山を遥拝する向きに御造営されました。
毎年、7月9日に世界の平和と講中信徒の安全祈願祭が執り行われています。
現在の社殿は平成10年の開山百周年記念事業で、新しく建てなおされたものです。(境内掲示より)

秩父御嶽神社の周辺図


参考資料

  • 新編武蔵風土記稿
  • 「飯能市史資料編Ⅳ社寺教会」