竹本黒石神社。比企郡鳩山町竹本の神社

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竹本黒石神社。当地の名主家保積家が氏神として創祀

竹本黒石神社の概要

竹本黒石神社は、比企郡鳩山町竹本にある神社です。竹本黒石神社の創建年代等は不詳ながら、当地の名主家保積家が氏神として創祀したと伝えられます。江戸期には東光寺持ちの社で、竹本村の鎮守として祀られ、明治維新後の社格制定に際し村社に列格、明治40年に(旧東光寺持ちの)菅原社(天神社)を合祀しています。

竹本黒石神社
竹本黒石神社の概要
社号 黒石神社
祭神 日本武尊
相殿 -
境内社 稲荷神社
祭日 例大祭10月17日
住所 比企郡鳩山町竹本1078
備考 -



竹本黒石神社の由緒

竹本黒石神社の創建年代等は不詳ながら、当地の名主家保積家が氏神として創祀したと伝えられます。江戸期には東光寺持ちの社で、竹本村の鎮守として祀られ、明治維新後の社格制定に際し村社に列格、明治40年に(旧東光寺持ちの)菅原社(天神社)を合祀しています。

新編武蔵風土記稿による竹本黒石神社の由緒

(竹本村)
黒石明神社
村の鎮守なり、東光寺持、
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天神社
同寺持、(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による竹本黒石神社の由緒

黒石神社<鳩山町竹本一〇七八(竹本字下宮ノ入)>
当地は岩殿丘陵の西部で、丘陵を樹枝状に浸食して流れる鳩川の支流大橋川の上流地域に位置する。丘陵に挟まれて、細長く東西に耕地がのびている。
当社は、日本武尊を祭神として祀る。一説に黒石を神体として奉斎するため黒石神社と称するといわれるが、現在内陣にはこれに該当するものが見当たらない。
当社の創建年月は詳らかではないが、地内保積家の言い伝えによると、同家の氏神として当社を祀ったのがその始まりであるという。同家は、古来当地の名主を務めた家柄であり、その墓地には寛永八年(一六三一)と刻まれた墓石がある。当社の参道右側には、同家の氏神を祀った小さな祠が建っている。また、当社と同家の紋章が共に「竹に雀」で同一である。同家が氏神として当社を祀ったか否かは判断できないが、当社と深いかかわりがあることだけは事実であろう。
当社所蔵の棟札に「願主保積太郎兵衛、別当医王山東光寺、寛延三年(一七五〇)七月」と載り、ここでも保積家との結びつきがうかがわれる。当社は『風土記稿』に「東光寺持」と載り、」この寺は同書によると「新義真言宗、医王山薬王院と号す、開山詳ならず」とある。
明治に入り、東光寺の管理を離れた当社は村社となり、同四十年四月に字名高の無格社菅原社を合祀した。(「埼玉の神社」より)


竹本黒石神社の周辺図


参考資料

  • 「新編武蔵風土記稿」
  • 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)