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大沼香取神社。春日部市大沼の神社

大沼香取神社の概要

大沼香取神社は、春日部市大沼にある神社です。大沼香取神社は、寛文9年(1669)の日光東照宮造営に携わった多左衛門が谷原新田を開発、当社に隣接する浄法庵(跡)が延宝6年(1678)に建立されていることから、当社もその頃に創建したものだといいます。江戸期には(谷原新田が東西に分村し)東谷原新田の鎮守として祀られ、明治維新後の社格制定に際しては村社に列格していました。

大沼香取神社
大沼香取神社の概要
社号 香取神社
祭神 経津主命
相殿 -
境内社 天神3、白山権現
祭日 御歩射2月21日、夏祈祷7月14日
住所 春日部市大沼7-70
備考 -



大沼香取神社の由緒

大沼香取神社は、寛文9年(1669)の日光東照宮造営に携わった多左衛門が谷原新田を開発、当社に隣接する浄法庵(跡)が延宝6年(1678)に建立されていることから、当社もその頃に創建したものだといいます。江戸期には(谷原新田が東西に分村し)東谷原新田の鎮守として祀られ、明治維新後の社格制定に際しては村社に列格していました。

新編武蔵風土記稿による大沼香取神社の由緒

(東谷原新田)
香取社
村の鎮守、浄法庵持、
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浄法庵
粕壁宿最勝院持、本尊大日、延寶六年造立すと云、(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による大沼香取神社の由緒

香取神社<春日部市大沼七-七〇(谷原新田字大沼耕地)>
谷原新田は、代々名主を務めてきた中村太左衛門家の先祖の多左衛門によって開発された新田である。『風土記稿』東谷原新田の項の記事によれば、多左衛門は元は工匠を生業としていたが、寛文九年(一六六九)の日光東照宮の修営に携わって得た金を元に開発を行ったといい、元禄期(一六八八-一七〇四)以降に東西二村に分かれたことが記されている。
当社は、その東谷原新田の鎮守として祀られてきた社で、『風土記稿』東谷原新田の項に「香取社 村の鎮守、浄法庵の持」と載る。この浄法庵は当社の真北に隣接する村の共同墓地にある堂のことで、延宝六年(一六七八)の造立であるという。したがって、当社が創建されたのも、それとほぼ同じころのことと思われる。神仏分離の後、浄法庵の管理を離れた当社は明治六年に村社になり、廃寺になった浄法庵は村の集会所に転用され、現在に至っている。
明治七年、東谷原新田は西谷原新田と合併し、谷原新田となった。西谷原新田では八幡社を鎮守としてきたが、この合併に際し、両村の鎮守を統合することはなかった。それは、開発以来、村の鎮守として信仰し続けた神社に対する氏子の敬神の念を反映したものであろう。関東大震災では幣殿・拝殿が全壊したが、大正十五年四月には再建が果たせたのも、こうした氏子の信仰の厚さによるものといえよう。(「埼玉の神社」より)


大沼香取神社の周辺図