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池辺熊野神社。川越市池辺の神社、旧村社

池辺熊野神社の概要

池辺熊野神社は、川越市池辺にある熊野神社です。池辺熊野神社は、三明院住職と村民とが相談の上、鎌倉時代に牛頭天王を勧請したといいます。明治40年、権現脇にあった村社熊野神社をはじめ、字山王の日枝神社、字南宿の厳島神社を当社に合併し、社名を熊野神社としたといいます。

池辺熊野神社
池辺熊野神社の概要
社号 熊野神社
祭神 素盞嗚尊
相殿 -
境内社 -
祭日 -
住所 川越市池辺261-1
備考 旧村社



池辺熊野神社の由緒

池辺熊野神社は、三明院住職と村民とが相談の上、鎌倉時代に牛頭天王を勧請したといいます。明治40年、権現脇にあった村社熊野神社をはじめ、字山王の日枝神社、字南宿の厳島神社を当社に合併し、社名を熊野神社としたといいます。

新編武蔵風土記稿による池辺熊野神社の由緒

(池邊村)
熊野社
村の鎮守にて三明院の持
天王社
同寺の持、下同
山王社
稲荷社(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による池辺熊野神社の由緒

熊野神社<川越市池辺二六一(池辺字南宿)>
当地は入間川右岸に開ける水田地帯で、地名池辺は大きな池の傍らに開かれたことに由来するという。“酒樽いけれ(埋めれ)ば井戸になる”といわれたほどの湿地帯で、鎌倉期の武将梶原景時が馬に水を飲ませた伝説のある梶原淵を中心に数多くの池があり、近くを流れる入間川は度々決壊し、低地である当地に水害をもたらし、その都度住民は疾病に苦しめられた。
古老によると「度重なる水害と疫病に悩まされた里人は、三明院(真言宗観池山地蔵寺)と相談して天王社を祀ったという。何でも鎌倉時代だった」と、当社創建の事情を語っている。
『風土記稿』池辺村の項には「熊野社 村の鎮守にて三明院の持、天王社 同寺の持」と載せている。
明治初めの神仏分離により、両社は三明院の管理を離れ、熊野社は村社、当社は八坂神社と改称し、無格社となった。明治四〇年、権現脇にあった村社熊野神社をはじめとして、字山王の日枝神社、字南宿の厳島神社を当社に合併し、社名を熊野神社と改めた。
なお、熊野神社については、社蔵文書に「真言宗三明院住職神務を執り古記等同院にて秘蔵仕来候処、元治元甲子年十二月廿三百同院火災にて焼失し創立年紀等不詳、御一新に至り神仏区分之制に依り三明院神務を解き、明治五年村社に列せらる」の記載がある。(「埼玉の神社」より)


池辺熊野神社の周辺図