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今成熊野神社。川越市今成の神社、旧村社

今成熊野神社の概要

今成熊野神社は、川越市今成にある熊野神社です。今成熊野神社は、永禄年間に川田備前守今成が今成を開拓、川田備前守今成が止宿していた蓮馨寺の守護社川越熊野神社を勧請して創祀したといいます。明治5年村社に列格、明治40年に字熊野の氷川神社、字赤沼の天神社を合祀したといいます。

今成熊野神社
今成熊野神社の概要
社号 熊野神社
祭神 健速須佐之男命・奇稲田比賣命
相殿 -
境内社 -
祭日 -
住所 川越市今成3-1-3
備考 旧村社



今成熊野神社の由緒

今成熊野神社は、永禄年間に川田備前守今成が今成を開拓、川田備前守今成が止宿していた蓮馨寺の守護社川越熊野神社を勧請して創祀したといいます。明治5年村社に列格、明治40年に字熊野の氷川神社、字赤沼の天神社を合祀したといいます。

新編武蔵風土記稿による今成熊野神社の由緒

(今成村)
熊野社、村の鎮守なり。
天神社。
氷川社。
以上三社とも村内安楽寺の持(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による今成熊野神社の由緒

熊野神社<川越市今成一〇五六(今成字熊野)>
当社のある今成は、旧今成村で新河岸川左岸の低地にある。地名今成は、永禄のころ北条の家臣川田備前守今成が当地を領有し、開拓に当たったことによる。当社の鎮座する小字を熊野と呼ぶのは、川田今成が当所に入った時、川越の連雀町にある蓮馨寺を宿とした縁から寺の守護神として祀られていた熊野神社を、当地に川田屋敷を建築した際分霊したことによるという。一説に天正三年九月紀州熊野神社を今成屋敷内に勧請し、更に現在の地に移して村の鎮守としたともいう。
当地には、この今成屋敷跡のほかにも、月吉屋敷跡・日吉屋敷跡・神田屋敷跡と呼ばれる場所があり、いずれもこの土地の草分けにかかわる呼び名であるという。
社記に「元禄三年川田平左衛門村民と議り社殿を改造」とあり、これが現本殿と思われる。内陣に一四センチメートルの座像を安置し、この像を納める厨子に「天保七丙申歳三月吉辰、施主江戸釜屋長兵衛、武陽入間郡今成村鎮守、熊野大権現、安楽寺法道代」の墨書がある。別当安楽寺は金縄山と号し天台宗である。
明治五年に村社となり、同四〇年には字熊野の氷川神社、字赤沼の天神社を合祀する。
昭和四二年の台風により倒れた寛政元年奉納の石鳥居が部材として保管されている。(「埼玉の神社」より)


今成熊野神社の周辺図

  • 熊野神社の鈿女(埼玉県指定有形文化財)

今成熊野神社の周辺図




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