窪稲荷神社。慶長年間に開村した大塚新田の鎮
窪稲荷神社の概要
窪稲荷神社は、川越市大塚にある稲荷神社です。窪稲荷神社は、慶長年間に開村した大塚新田の鎮守として慶長18年(1613)に創建したといいます。
社号 | 窪稲荷神社 |
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祭神 | 倉稲魂命 |
相殿 | 猿田毘古神・天宇豆賈神 |
境内社 | 稲荷眷属社 |
祭日 | - |
住所 | 川越市大塚1-26-17 |
備考 | - |
窪稲荷神社の由緒
窪稲荷神社は、慶長年間に開村した大塚新田の鎮守として慶長18年(1613)に創建したといいます。
新編武蔵風土記稿による窪稲荷神社の由緒
(大塚新田)
神社に関する記載なし(新編武蔵風土記稿より)
「埼玉の神社」による窪稲荷神社の由緒
稲荷神社<川越市大塚新田四〇八(大塚新田字稲荷窪)>
新河岸川右岸に位置する大塚新田の北端に鎮座し、主祭神は倉稲魂命(宇迦乃御魂神)であり、配祀神として猿田毘古神・天宇豆賈神を祀る。大塚新田は、慶長年間の開村と伝えられ、口碑によれば当社は慶長一八年に土地の守護神として奉祀されたという。殊に、土地の開発者である牛久保次郎右衛門の崇敬が厚く、同家では代々守護神として当社を崇敬していた。
また、当社は稲荷窪に鎮座することから”窪稲荷様”の名で親しまれている。
境内には杉・檜などの木々が茂り、厳かな雰囲気を醸し出す中に桜やツツジなどが彩りを添えている。社殿は古墳上にあり、京都の伏見稲荷大社の方角へ向いて建てられている。
一間社流造りの本殿内陣には神璽筥と古い金幣及び神像・白狐玉などが納められており、神璽筥には文化一一年正月に伏見稲荷大社の祠官、松本筑後守により正一位の神階に叙せられた旨が墨書されている。
祠職は、神仏分離までは大塚(現川越市南大塚)の天台宗西福寺が別当として祭礼神事に奉仕していたが、その後は明治六年まで木村次郎が同掌を努め、翌七年より川越八幡神社社家の榊原興徳が祠掌となる。(「埼玉の神社」より)
窪稲荷神社の周辺図