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仙波氷川神社。川越市仙波町の神社

仙波氷川神社の概要

仙波氷川神社は、川越市仙波町にある氷川神社です。氷川神社は、当地の豪族仙波氏が延久元年(1069)に創建、仙波氏の厚い崇敬を受けたといいます。明治5年村社に列格、明治19年には字氷川脇の稲荷神社・八坂神社、字堀之内の厳島神社を合祀したといいます。

仙波氷川神社
仙波氷川神社の概要
社号 氷川神社
祭神 須佐之男命
相殿 倉稲魂命・市杵嶋姫命
境内社 八坂社・稲荷社
住所 川越市仙波町4-19-1
備考 -



仙波氷川神社の由緒

氷川神社は、当地の豪族仙波氏が延久元年(1069)に創建、仙波氏の厚い崇敬を受けたといいます。明治5年村社に列格、明治19年には字氷川脇の稲荷神社・八坂神社、字堀之内の厳島神社を合祀したといいます。

新編武蔵風土記稿による仙波氷川神社の由緒

(大仙波村)氷川社
長徳寺の持(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による仙波氷川神社の由緒

氷川神社<川越市仙波町四-一九-一(大仙波字氷川脇)>
当社の鎮座する仙波町は、古くは大仙波村と称し、『風土記稿』によると〔東鑑〕の中に仙波氏の名が見え、この姓氏より後世名付けられたものであろうと記されている。
当地は武蔵野台地の先端であり、古くから人の住む地であったことは塚の多さからも知られ、『風土記稿』には六角堂塚・猫山塚・甲山寺塚・父塚・母塚の名が見える。
社伝によると後三条天皇の延久元年に、この地の豪族である仙波氏の創建とあり、同氏の厚い崇敬を受けたという。また『明細帳』には「慶安元年、松平伊豆守、検地ニ現今ノ社地記載アリ、最境内ニ一丈余ノ立木数本アリ、之ニ因テ推考スレハ 三百年以前ヨリノ創立ナルヘシ、又、元文三年、鳥居ノ扁額奉納アリ、現今存在セリ」とある。
明治初めの神仏分離まで天台宗長徳寺が別当を務め、その後、榊原家が奉仕し現在に至っている。
明治五年に古くから一村の鎮守であることから村社となり、同一九年には字氷川脇の稲荷神社・八坂神社、字堀之内の厳島神社を合祀した。このうち稲荷神社は塚上に祀られていたもので、その境内は慶安元年の検地帳では除地とされている。
主祭神は須佐之男命、合祀神は倉稲魂命・市杵嶋姫命である。なお、末社八坂神社は本社と祭神が同一である。(「埼玉の神社」より)


仙波氷川神社の周辺図




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