松壽院折戸地蔵堂。川越市石田本郷にある天台宗寺院

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松壽院折戸地蔵堂。旧薬王山松壽院

松壽院折戸地蔵堂の概要

天台宗寺院の松壽院折戸地蔵堂は、薬王山松壽院と号していた寺院跡地です。松壽院折戸地蔵堂の創建年代等は不詳ながら、地名石田本郷は「小田原北條役帳」に名が残っていることから、戦国時代には拓けていたことがわかります。江戸期には薬王山松壽院と号する天台宗寺院で薬師如来を本尊としていました。大正15年に焼失、延命子育て地蔵尊を本尊とする地蔵堂が残され、当地の小字名「折戸」を冠して折戸延命子育地蔵尊と称され、信仰を集めてきましたが平成11年火災により焼失、翌12年再建、墓域は松壽院霊園と命名され一乗院が管理しています。

松壽院折戸地蔵堂
松壽院折戸地蔵堂の概要
山号 薬王山
院号 松壽院
寺号 -
住所 川越市石田本郷・折戸集会所隣
宗派 天台宗
葬儀・墓地 -
備考 -



松壽院折戸地蔵堂の縁起

松壽院折戸地蔵堂の創建年代等は不詳ながら、地名石田本郷は「小田原北條役帳」に名が残っていることから、戦国時代には拓けていたことがわかります。江戸期には薬王山松壽院と号する天台宗寺院で薬師如来を本尊としていました。大正15年に焼失、延命子育て地蔵尊を本尊とする地蔵堂が残され、当地の小字名「折戸」を冠して折戸延命子育地蔵尊と称され、信仰を集めてきましたが平成11年火災により焼失、翌12年再建、墓域は松壽院霊園と命名され一乗院が管理しています。

新編武蔵風土記稿による松壽院折戸地蔵堂の縁起

(石田本郷)
松壽院
同宗にて同じ門徒(天台宗、仙波中院門徒)、薬王山と號す、本尊薬師を安、
薬師堂(新編武蔵風土記稿より)

境内石碑による松壽院折戸地蔵堂の縁起

当地は、元薬王山松壽院(大正十五年焼失)の寺地なれど、この度、石田本郷折戸の御好意により、松壽院第二霊園(墓地管理者・宗教法人天台宗一乗院)が、ここに完成す。
平成十五年八月盆(境内石碑より)

境内石碑による松壽院折戸地蔵堂の縁起

折戸延命子育地蔵尊再建開眼法要碑
折戸の延命子育て地蔵は開創不詳とはいえ江戸中期と考えられる。半跏の地蔵様、また田かき地蔵、泥葭地蔵の圓節をもち身近な仏様として多くの人々に愛されてきた地蔵様です。昭和三十三年川越の郷土史家岸伝平氏の言によれば、富の多福地蔵とよく似ており同一作者とも考えられるとのこと。ところが平成十一年七月十二日深夜に出火、古い歴史をもつ貴重な遺産の数々を一瞬の内に失いました。幸い本尊・宮殿作りの厨子・須弥壇など碑陰に掲げる委員の方々により復光されました。川越の古刹一乗院及び中院の住職を導師に迎え、ここに目出度く開眼法要が執り行われるにあたり、清嘱により永く後世に伝えるためいしぶみに記すものであります。(境内石碑より)


松壽院折戸地蔵堂の周辺図