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九重神社。川口市安行原の神社、旧原村の鎮守

九重神社の概要

九重神社は、川口市安行原にある神社です。九重神社は、密蔵院の中興第一六世法印栄尊が享保年間(1716-36)武蔵一宮氷川神社を勧請して創建したといいます。明治時代には村社に列格、その後近隣の村社八社(領家の神明社・慈林の氷川稲荷合社・藤八の菅原社・吉蔵の八幡社・北谷の稲荷社・花粟の稲荷社・苗塚の稲荷社・小山の氷川社)を合祀したことから、九重神社と改称したといいます。

九重神社
九重神社の概要
社号 氷川神社
祭神 素盞嗚命
相殿 -
境内社 -
祭日 -
住所 川口市安行原2042
備考 旧原村の鎮守



九重神社の由緒

九重神社は、密蔵院の中興第一六世法印栄尊が享保年間(1716-36)武蔵一宮氷川神社を勧請して創建したといいます。明治時代には村社に列格、その後近隣の村社八社(領家の神明社・慈林の氷川稲荷合社・藤八の菅原社・吉蔵の八幡社・北谷の稲荷社・花粟の稲荷社・苗塚の稲荷社・小山の氷川社)を合祀したことから、九重神社と改称したといいます。

新編武蔵風土記稿による九重神社の由緒

(原村)氷川社。
本地十一面観音を安す、村の鎮守にて別に供免を附す。(新編武蔵風土記稿より)

埼玉県神社庁「埼玉の神社」による九重神社の由緒

安行原 九重神社
大宮台地の先端部に位置し、久保山と呼ばれる丘に当社は鎮座している。この久保山はその昔、平将門が砦を築いたという言い伝えがあるように、周囲の村々がよく見渡せ、当社境内の御嶽山に登れば筑波山や日光連山を一望することができる。また、境内には樹齢五百年以上のスダジイの大木が二本あり、市指定天然記念物になっている。
『風土記稿』原村の項に「氷川社 本地十一面観音を安す、村の鎮守にて別に供免を附す」とあるように、当社は元来は氷川社といい、享保年間(一七一六-三六)、境内の西に隣接する真言宗の密蔵院の中興第一六世法印栄尊が武蔵一宮氷川神社を勧請したことに始まると伝える。明治に入ると、神仏分離によって別当を離れ、原村の村社になったが、政府の合祀政策に従い、領家の神明社・慈林の氷川稲荷合社・藤八の菅原社・吉蔵の八幡社・北谷の稲荷社・花粟の稲荷社・苗塚の稲荷社・小山の氷川社という近隣の村社八社をはじめとした計三二社が当社に合祀された。そのため、当社は、村社が九社重なった神社ということから九重神社と改称した。 
太平洋戦争の敗戦により人心は混乱し、境内は浮浪者の塒と化し、昭和二十三年には失火により社殿が焼失した。これを機に、氏子は心を一つに再建に励み、同二十六年十月十六日、現社殿を濁成させた。
現在、宮司を安昼清和が務めている。(埼玉県神社庁「埼玉の神社より)


九重神社の周辺図


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