日出安駒形神社。駒形堂として創祀
日出安駒形神社の概要
日出安駒形神社は、加須市日出安にある駒形神社です。日出安駒形神社の創建年代等は不詳ながら、応安8年(1375)の史料に「武州崎西秀安駒形堂」とあることから、南北朝時代には既に「駒形堂」として祀られていたとされます。上杉謙信が根古屋城を攻める際、謙信の愛馬が死んだため、その馬を祀ったとの伝承が残されています。往古は、当地近くにあった金剛院が当社の別当寺を務め、慶安5年(1650)には社領5石の御朱印状を受領しています。境内の天保九年銘日出安邑扶助田記念碑は、江戸時代後期の飢饉に際して、困窮者の零落を防ぐため、余裕のある村民が扶助田を設けた事績を残す記念碑で市有形文化財に指定されています。
社号 | 駒形神社 |
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祭神 | 大日孁貴神 |
相殿 | - |
境内社 | 天神社4祠 |
祭日 | 春祭2月19日、秋祭り10月15日 |
住所 | 加須市日出安970-1 |
備考 | - |
日出安駒形神社の由緒
日出安駒形神社の創建年代等は不詳ながら、応安8年(1375)の史料に「武州崎西秀安駒形堂」とあることから、南北朝時代には既に「駒形堂」として祀られていたとされます。上杉謙信が根古屋城を攻める際、謙信の愛馬が死んだため、その馬を祀ったとの伝承が残されています。往古は、当地近くにあった金剛院が当社の別当寺を務め、慶安5年(1650)には社領5石の御朱印状を受領しています。
新編武蔵風土記稿による日出安駒形神社の由緒
(日出安村)
駒形権現社
村の鎮守なり、根古屋村金剛院持、もと金剛院は當社の傍にありしが、文禄の頃根古屋村へ移れりと云、已に寺領も當村にあり、當社も慶安五年の御朱印を賜ふ、神體は古き木塊の如くにて詳にのべがたし(新編武蔵風土記稿より)
「埼玉の神社」による日出安駒形神社の由緒
駒形神社<騎西町日出安九七〇(日出安字中耕地)>
日出安は騎西町の北部、新川用水(騎西領用水)右岸に位置する農業地帯である。当社の境内は、八二〇坪と広く、脇を新川用水が流れる静閑な地にあるため、氏子の憩いの場となっている。
当社の創建については、口碑に「上杉謙信が根古屋城を攻める時、乗って来た馬が死んだため、その馬を悼んで祀ったもの」と伝え、『明細帳』には「往古陸前園胆沢郡水沢町鎮座駒形神社の分霊を祭ると古老の口碑に有せり」とある。なお、この社の祭神は、往古駒形神あるいは神馬ともいわれ、馬を保護し、その病を治し給うとして厚く信仰された。
慶安五年には五石の朱印を受けている。
現在、祀職は新槙家が二代にわたって務めているが、神仏分離以前は現在根古屋にある金剛院が別当を務めていた。金剛院は、かつては当社と境内を同じくしていたが、いかなる理由からか慶長年間に根古屋に移ったという。
なお『明細帳』による祭神は大日孁貴神で、内陣には三本の幣束と一体の神像(石造の座像)とが納められている。明治四〇年八月八日に字新道下の神明社と字中の稲荷神社が合併を許可されているが、実際には合祀は行われなかった模様である。(「埼玉の神社」より)
境内掲示による日出安駒形神社の由緒
当社は応安八年(一三七五)の史料に「武州崎西秀安駒形堂」とあることから、創建はかなり古いものと思われる。
一説には上杉謙信が騎西城攻略のおり亡くなった愛馬を祀った、あるいは陸前国胆沢郡水沢(現岩手県水沢市)の駒形神社の分霊を祀ったともいう。
かつて、当社の近くには根古屋の金剛院があり、当社はその管理下にあった。そうした関連から江戸時代には「駒形権現社領」として五石の御朱印を金剛院が併せ受けている。
拝殿には安政四年銘(一八五七)の勧進相撲絵馬があり、土俵上で組み合う力士や大勢の見物客などが描かれている。安政二年に社殿の再興をしていることから、それを祝っての奉納と思われる。(加須市教育委員会掲示より)
日出安駒形神社所蔵の文化財
- 天保九年銘日出安邑扶助田記念碑(町指定史跡)
新編武蔵風土記稿による日出安駒形神社の由緒
碑面上部に「積金贖質田記」(金を積み、質田を贖う記)とあり、以下にその由来が漢文で記されている。天保九年(一八三八年)正月造立。
この頃日出安村では質入や売却した田畑が数百畝にも及んだ。これを憂えた篤志家らは、質金を蓄え生活に困窮する村民に貸し与えた。また、村民も日々節約し農業に励み、数年後には田畑を買い戻すことができた。その為、天保六・七年は全国で凶作による食糧難に苦しんだが、ここでは村を逃げ出す者がいなかった。そして同九年、生活に余裕のある人々が私財を出し合い、五十畝の麦田を設けることとした。これを扶助田とし、その収入をもって困窮する者を救い、零落者(落ちぶれる者)が出ないことを目指した。
なお、当碑の書と撰文は幸手宿の儒者、金子竹香である。(加須市教育委員会掲示より)
日出安駒形神社の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿
- 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)