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浅間山萬福寺。加須市牛重にある真言宗智山派寺院

萬福寺の概要

真言宗智山派寺院の萬福寺は、浅間山天満院と号します。萬福寺は、浅井長政の旧家臣黒川家の祖が、浅井長政の嫡男万福丸の菩提を弔うために十王堂(閻魔堂)を天正2年(1574)に創建したと伝えられ、空鑁和尚(天正13年1585年)が開山したといいます。明治8年には牛重学校に供されていました。

萬福寺
萬福寺の概要
山号 浅間山
院号 天満院
寺号 萬福寺
本尊 阿弥陀如来像
住所 加須市牛重1629
宗派 真言宗智山派
葬儀・墓地 -
備考 -



萬福寺の縁起

萬福寺は、浅井長政の旧家臣黒川家の祖が、浅井長政の嫡男万福丸の菩提を弔うために十王堂(閻魔堂)を天正2年(1574)に創建したと伝えられ、空鑁和尚(天正13年1585年)が開山したといいます。江戸期には牛重天神社の別当を勤めていました。

新編武蔵風土記稿による萬福寺の縁起

(牛重村)
萬福寺
新義眞言宗、正能村龍花院末、淺間山と號す、開山空鑁天正十三年十月十八日寂す、本尊彌陀を安ず、
鐘樓。寛政八年の鑄造なり、
十王堂(新編武蔵風土記稿より)

境内掲示による萬福寺の縁起

浅間山 天満院と号し、本尊に阿弥陀如来を奉安する。創建は不詳であるが、開山の空鑁和尚は天正十三年(一五八五)十月に没している。
一説には、淺井長政の家臣であった牛重・黒川家の祖が、長政の嫡男・万福丸の菩提を弔うために当寺を創建したという。また、江戸時代初期に描かれた「武州騎西之絵図」によれば、当寺は「十王堂」と記されている。十王堂(閻魔堂)は今でも境内に存在しているが、黒川家との関連が深いことから、当寺の創建には同家が係わっていたものと思われる。
明治二十四年、火災により本堂・庫裡を消失、大正六年に現本堂を再建した。
なお、明治八年には当寺に「牛重学校」が設置され、根古屋・牛重の子供達が勉学に励んだ。(加須市教育委員会掲示より)


萬福寺の周辺図


参考資料

  • 新編武蔵風土記稿