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石戸神社。北本市石戸宿の神社

石戸神社の概要

石戸神社は、北本市石戸宿にある神社です。石戸神社の創建年代等は不詳ながら、正治元年(1199)に亡くなった源範頼の息女亀御前の追福のために建てられた阿弥陀堂(東光寺)とほぼ同時期に祀られたのではないかといいます。

石戸神社
石戸神社の概要
社号 石戸神社
祭神 菊理姫命
相殿 -
境内社 -
祭日 -
住所 北本市石戸宿3-43
備考 -



石戸神社の由緒

石戸神社の創建年代等は不詳ながら、正治元年(1199)に亡くなった源範頼の息女亀御前の追福のために建てられた阿弥陀堂(東光寺)とほぼ同時期に祀られたのではないかといいます。

新編武蔵風土記稿による石戸神社の由緒

(石戸宿村)
該当記載なし(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による石戸神社の由緒

石戸神社<北本市石戸宿三-四三(石戸宿字堀之内)>
当社は石戸宿の小名の一つである堀之内に鎮座している。堀之内の地名の由来は、『風土記稿』石戸宿村の阿弥陀堂の条に「小名堀之内にあり、あひ伝へて此地蒲冠者範頼(源範頼)の住居の地とも、又石戸左衛門尉の居城なりともいへり」と載り、居館にめぐらした堀にちなむという。当社裏手に館の土塁と思われる遺構が今も残る。
当社は、古くは白山社と号した。創建の経緯は不明であるが、地内の東光寺は、かつて阿弥陀堂と呼ばれており、源頼朝の弟範頼が当地へ配流となった折、息女の亀御前が病に罹り、正治元年(一一九九)七月に亡くなったため、その追福により堂を建てたことに始まると伝わる。白山修験が信仰した白山三所権現は、十一面観音・阿弥陀・聖観音を本地とし崇敬することから、十一面観音の垂迹である菊理姫命を祭神とする当社も、阿弥陀堂の創建と前後して祀られたものではなかろうか。ちなみに、当社の本殿には、年紀はないが金泥に塗られた全高二三・五センチメートルの十一面観音座像が安置されている。
当社の江戸期の事歴については明らかではなく、明治初年の社格制定に際しては無格社とされた。
昭和十八年に、石戸宿村が中丸村と合併し北本宿村になると、「石戸」の地名が消えることを惜しみ、社名を「石戸神社」に改めたという。
平成五年十月、多くの氏子の協力によって社殿を新築した。(「埼玉の神社」より)


いいお墓

石戸神社の周辺図

参考資料
  • 「新編武蔵風土記稿」
  • 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)