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登戸神社。越谷市登戸町の神社

登戸神社の概要

登戸神社は、越谷市登戸町にある稲荷神社です。登戸神社は、慶長年間(1596-1615)に稲荷社として創建したといい、登戸村の鎮守社となっていました。明治4年には村社に列格していました。

登戸神社
登戸神社の概要
社号 稲荷神社(登戸神社に改称か?)
祭神 倉稲魂命
合祀 -
境内社 三峯・榛名社
祭日 -
住所 越谷市登戸町5-8
備考 登戸村鎮守、旧村社



登戸神社の由緒

登戸神社は、慶長年間(1596-1615)に稲荷社として創建したといい、登戸村の鎮守社となっていました。明治4年には村社に列格していました。

新編武蔵風土記稿による登戸神社の由緒

(登戸村)稲荷社
村の鎮守にて村民持、下五社も持同じ(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による登戸神社の由緒

稲荷神社(登戸町340登戸字東前)
登戸は、元荒川旧流路沿いの自然堤防に集落が点在し、日光街道が通る。地内の浄土宗報土院は、中世末期の開山と伝える。また、氏子の旧家は、およそ二〇代を数える浜野保家や一五代を数える関根伸夫家で、いずれも本村の集落に居を構える。特に関根家は、江戸期に名主を務め、元禄年間(一六八八~一七〇四)に報土院が焼失した際には、同家で再興を果たしたと伝えている。
当社は、登戸村の鎮守として祀られており、その創建は『郡村誌』に「慶長年中(一五九六-一六一五)勧請」と記されている。また、本殿には、宝暦四年(一七五四)に本山(伏見稲荷)社司従五位上、松本筑後守から別当の報土院に出された「正一位稲荷大明神安鎮」の文書が奉安されており、新たに伏見稲荷から分霊を受けたのを機に、村の鎮守としての崇敬が一層高まったことが推測される。
鎮座地の周辺は、今でこそ住宅が建ち並んでいるが、昔は一面に田が広がり、一軒も民家が見当たらないほどに寂しい所であった。文化三年(一八〇六)の『日光道中分間延絵図』を見ると、当社は日光街道の東に広がる耕地の一角のわずかな杜の中にぽつんとあり、そこから南にやや離れて本村の集落が描かれている。また、同じころの『風土記稿』には「稲荷社、村の鎮守にて村民持」と記されている。
明治初年の神仏分離を経て、当社ほ明治四年に村社となった。(「埼玉の神社」より)


登戸神社の周辺図


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