玉泉寺。源範頼創建の慈眼院を再興
玉泉寺の概要
曹洞宗寺院の玉泉寺は、龍王山慈眼院と号します。玉泉寺の創建年代等は不詳ながら、源範頼(法名玉泉寺殿前二品参州大守傑山公英大居士)が創建した慈眼院を、僧月山(元和5年1619年寂)が再興して開山、範頼の法名より寺号としたといいます。
山号 | 龍王山 |
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院号 | 慈眼院 |
寺号 | 玉泉寺 |
本尊 | 十一面観音像 |
住所 | 熊谷市玉作3389 |
宗派 | 曹洞宗 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
玉泉寺の縁起
玉泉寺の創建年代等は不詳ながら、源範頼(法名玉泉寺殿前二品参州大守傑山公英大居士)が創建した慈眼院を、僧月山(元和5年1619年寂)が再興して開山、範頼の法名より寺号としたといいます。
新編武蔵風土記稿による玉泉寺の縁起
(玉作村)
玉泉寺
禅宗曹洞派、比企郡福田村成安寺末、龍王山慈眼院と號す、傳によるに昔慈眼院とて、蒲田冠者範頼草創の佛刹ありしに、水溢に逢て流失す、然るに其後月山といへる僧再興して、範頼の法名玉泉寺殿前二品参州大守傑山公英大居士と、稱するをもて寺號とし、院號は舊きに依ると云、故に月山を開山と稱す、元和五年十一月五日寂せり、本尊十一面観音は即範頼の守護佛にて、腹に範頼の籠し一巻の書ありと、按に此説疑ふべし、寺院ややもすればこれ等の傳説多し、かつ範頼二品に叙せしこと聞ず、暫く傳るままを記せり、
観音堂(新編武蔵風土記稿より)
玉泉寺の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿