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宮前氷川神社。さいたま市西区宮前町の神社

宮前氷川神社の概要

宮前氷川神社は、さいたま市西区宮前町にある神社です。宮前氷川神社の創建年代等は不詳ながら、当地周辺は中世より内野郷と称して栄えていた地域だといい、内野郷の総鎮守だったのではないかといいます。江戸期には上内野村の鎮守社だったといいます。

宮前氷川神社
宮前氷川神社の概要
社号 氷川神社
祭神 素盞嗚尊、奇稲田姫尊
相殿 -
境内社 門客人稲荷天神愛宕合社、水神社
住所 さいたま市西区宮前町1634
祭日 -
備考 -



宮前氷川神社の由緒

宮前氷川神社の創建年代等は不詳ながら、当地周辺は中世より内野郷と称して栄えていた地域だといい、内野郷の総鎮守だったのではないかといいます。江戸期には上内野村の鎮守社だったといいます。

新編武蔵風土記稿による宮前氷川神社の由緒

(上内野村)
氷川社
村民持、村の鎮守なり。
末社。愛宕社、荒脛社、天神社、稲荷社(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による宮前氷川神社の由緒

氷川社<大宮市宮前町一六三四(上内野字粕貝戸)>
当地は、室町期の文献に「上内野郷」あるいは「内野郷」と見え、中世より開けた地であった。近世初頭には内野本郷村・上内野村・下内野村・清河寺村に分村した。当社は、こうした上内野郷(内野郷)の中にあって、中世の郷の惣鎮守の可能性を持つ神社で、大正八年の「神地広域記念碑」に「旧内野一郷清河寺西新井内野本郷西内野上内野諸村之鎮守也」とあり、実際、昭和二十年頃までは、当社の大祓にはこれらの村から代表が必ず参列したものであったという。
江戸期までは、東側に隣接して真言宗明寿山神宮寺があったが、明治初年の神仏分離に伴い復飾して神職になった。
本殿は、二間社流造りの見世棚で、素盞嗚尊と奇稲田姫尊を祀る。明治三年に、当社について調べた「大宮組合神社詳細取調帳」によると、本殿の左が男体、右が女体とあり、神体として八寸ほどの古い仏像二体と、天保期(一八三〇-四四)に造られた一尺ほどの男神女神それぞれの座像が、奉安されていたようである。ただし、この当時には既に神宮寺から復飾した神職の神谷家に遷されていた。
『明細帳』には、境内神社として門客人社・稲荷社・天神社・愛宕社・水神社・祖神社の六社が記されているが、現在、門客人社・稲荷社・天神社・愛宕社の四社は一つの境内社にまとめられ、水神社は石祠で残っているが、祖神社については不明となってしまっている。(「埼玉の神社」より)


宮前氷川神社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)