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宮前稲荷神社。さいたま市西区宮前町の神社

宮前稲荷神社の概要

宮前稲荷神社は、さいたま市西区宮前町にある神社です。宮前稲荷神社の創建年代等は不詳ながら、当地周辺が分村した頃に、農耕神として祀られたのではないかといいます。

宮前稲荷神社
宮前稲荷神社の概要
社号 稲荷神社
祭神 倉稲魂命
相殿 -
境内社 淡島社
住所 さいたま市西区宮前町1881
祭日 -
備考 -



宮前稲荷神社の由緒

宮前稲荷神社の創建年代等は不詳ながら、当地周辺が分村した頃に、農耕神として祀られたのではないかといいます。

新編武蔵風土記稿による宮前稲荷神社の由緒

(上内野村)稲荷社
是も村民の持なり。(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による宮前稲荷神社の由緒

稲荷神社<大宮市宮前町一八八一(上内野字本村)>
当地は鴨川右岸の大宮台地上に位置する。応永二十九年(一四二二)の足利持氏判物に「武蔵国足立郡上内野郷」と載るのが初見で、近世初頭に内野本郷・上内野村・下内野村・清河寺村に分村した。当社はこのうちの上内野村に祀られる。
当社は、化政期(一八〇四-三〇〇)に編纂された『風土記稿』上内野村の項に、村の鎮守であった氷川社と並んで「稲荷社 是も村民の持なり」と見える。
当地は、『郡村誌』に「地味 赤七分黒三分稲麦に宜しからす稍茶甘諸に適す水利不便時々水旱に苦しむ」と載るように、昔から田は天水のみが頼りで、干ばつの被害を受けやすかった。こうした農業に不適切な地であるため、五穀豊穣を祈願する村人の気持ちは他の土地よりも強かったと思われる。このため、先の分村にあたり、当時農耕神として信仰の厚かった稲荷大神をこの地に勧請したのであろう。
かつての当社の配置は、境内を取り囲むように南端に鳥居、北端に本社、東端に末社琴平神社、西端に末社淡島神社があった。平成元年 に社殿を新築したのを機に本殿と鳥居を境内の北西に遷し、末社の二社を本殿内に合祀した。
現在本殿の西脇には、稲垣利右衛門なる人物が寛政二年(一七九〇)に建てた淡島神社の石祠がある。(「埼玉の神社」より)


宮前稲荷神社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)