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大成八幡神社。さいたま市大宮区大成町の神社

大成八幡神社の概要

大成八幡神社は、さいたま市大宮区大成町にある神社です。大成八幡神社の創建年代等は不詳ながら、明徳年間(1390-1394)の創建とも伝えられ、後年金子駿河守が居宅大成館の鎮護として八幡神を勧請したといいます。明治40年日進神社に合祀されたものの、昭和27年復祀したといいます。

大成八幡神社
大成八幡神社の概要
社号 八幡神社
祭神 誉田別命
相殿 伊弉冉尊、天照大御神、素戔嗚尊、大物主命、大雷神、倉稲魂命、日本武尊、菅原道真
境内社 -
住所 さいたま市大宮区大成町1-203
祭日 -
備考



大成八幡神社の由緒

大成八幡神社の創建年代等は不詳ながら、明徳年間(1390-1394)の創建とも伝えられ、後年金子駿河守が居宅大成館の鎮護として八幡神を勧請したといいます。明治40年日進神社に合祀されたものの、昭和27年復祀したといいます。

新編武蔵風土記稿による大成八幡神社の由緒

(大成村)八幡社
金乗院持、下二社同じ。
末社。天王社、愛宕社。(新編武蔵風土記稿より)

埼玉の神社による大成八幡神社の由緒

八幡神社<大宮市大成町一-二〇五(大成字前原耕地)>
創建は社伝によると、明徳年間(一三九〇-九四)のことである。また、後に当地を領した金子駿河守がその居館である大成館の鎮護とするため南方に自らの兜の八幡座の座金物を鎮めて八幡神を勧請したものと伝える。なお、この折、境内地がなかったので、しばらく氏子の村田知之家に八幡神を祀ったといわれる。
江戸期、別当は『風土記稿』に「八幡社 金乗院持」とある。金乗院は、旧上加村万福寺末の真言宗の寺で、本尊は不動明王である。
神仏分離は、明治初年に行われ、同三年の『大宮組合神社細詳取調帳』によると、住僧は復飾して中村章因と名乗って神職となり、復飾料として「持添ノ公田五畝十二歩」が与えられている。
『明細帳』によると、明治四十年に当社すなわち「大成字前原耕地無格社八幡社、同境内社御嶽社、八雲社、天神社、神明熊野琴平合社、稲荷社、琴平社、雷電社」が、大字上加字宮腰に鎮座する氷川社(日進神社)に合祀された。
しかし、昭和二十七年に氏子の熱望により合祀解除が行われた。この時、東角井光臣宮司は、神輿と共に日進神社に参り、八幡神の御幣束の返却を受け、これを神興に奉安し、先祓いの後、静々と当社に帰って来た。境内には数多くの行灯が並べられ、氏子たちは恭しくこれを迎え、盛大な還御祭を斎行した。(「埼玉の神社」より)

境内掲示による大成八幡神社の由緒

明徳年間(今から約六百十五年前)の御草創と伝うれど御創立の年代詳ならず。古く大成村金子駿河守の知行なりしによりその居城大成城の鎮護として自らの甲の八幡座を鎮め八幡神を勧請して当神社を鎮斎せりとも伝う。近郷士農衆庶の尊崇篤く遠くは宝歴八年十一月社殿を改築、近くは今上天皇皇位御継承大典の年社殿を修理し社務所を新築す。(境内掲示より)


大成八幡神社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)