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大久保日枝社。さいたま市桜区大久保領家の神社

大久保日枝社の概要

大久保日枝社は、さいたま市桜区大久保領家にある神社です。大久保日枝社の創建年代等は不詳ながら、当社と上大久保氷川神社は共に船でやって来た兄弟の神で当地の開拓神だとの伝承があるといい、正応2年(1289)から「五九の市」と称する市が立っていたといいます。江戸期には領家村の鎮守として祀られ、明治6年には村社に列格しました。

大久保日枝社
大久保日枝社の概要
社号 日枝社
祭神 大山咋命
相殿 -
境内社 諏訪・御嶽・第六天・吾妻、八雲社
住所 さいたま市桜区大久保領家433
祭日 -
備考 -



大久保日枝社の由緒

大久保日枝社の創建年代等は不詳ながら、当社と上大久保氷川神社は共に船でやって来た兄弟の神で当地の開拓神だとの伝承があるといい、正応2年(1289)から「五九の市」と称する市が立っていたといいます。江戸期には領家村の鎮守として祀られ、明治6年には村社に列格しました。

新編武蔵風土記稿による大久保日枝社の由緒

(領家村)
山王社
村内の鎮守なり、村持
天王社(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による大久保日枝社の由緒

日枝社<浦和市大久保領家四三三(領家字道場)>
口碑によれば、鴨川の川上の山王様(当社)と川下の氷川様(下大久保の氷川神社)は共に船でやって来た兄弟の神で、この地の開拓の祖神とされている。また嘉永四年(一八五一)「藤原細沼本系図」(下大久保・細沼幸一家文書)によれば、正応二年(一二八九)から「五九の市」と称して、五日・十五日・二十五日には鴨川の川上の山王社に市が立ち、九日・十九日・二十九日には川下の氷川社に市が立った。この二社は本地に十一面観音を祀るという。一方「大窪つじ村絵図」(大熊章一家文書)を見ると、当社の現鎮座地には「ひかわみょう志ん」と「びくにとう」があり、その南西の鴨川沿いに「三のう」と記されている。ちなみに「びくにとう」の地は現在当社の西側に当たり、そこからは奈良時代の布目瓦が出土し、古代寺院跡とされている。また「三のう」の地には明治初年まで兄神を葬ったと伝える塚があり、現在その跡には庚申社が祀られている。なお、この絵図には京六元年(一五二八)の年紀が見えるが、これには疑義がある。
化政期(一八〇四~一八)の『風土記稿』領家村の項には、絵図にあった氷川明神は既に見えず、「山王社 村の鎮守なり、村持、天王社」と記されている。明治初年に日枝神社と改称し、明治六年に村社となった。(「埼玉の神社」より)


大久保日枝社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)