勝軍寺。護摩堂を中興して開基、寺領3石の御朱印状
勝軍寺の概要
真言宗智山派寺院の勝軍寺は、愛宕山求聞院と号します。勝軍寺の創建年代等は不詳ながら、永享8年(1436)当地にあった護摩堂を法印奝光が中興して開基、第6世長円坊宥栄が天正2年(1573)勝軍寺の寺号を拝領して、中興開山したといいます。徳川家康が関東入国した翌年の天正19年(1591)には寺領3石の御朱印状を受領、江戸期には近隣に末寺を擁していました。武蔵国八十八ヶ所霊場40番です。
山号 | 愛宕山 |
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院号 | 求聞院 |
寺号 | 勝軍寺 |
住所 | さいたま市岩槻区尾ヶ崎1844 |
宗派 | 真言宗智山派 |
本尊 | 虚空蔵菩薩像 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
勝軍寺の縁起
勝軍寺の創建年代等は不詳ながら、永享8年(1436)当地にあった護摩堂を法印奝光が中興して開基、第6世長円坊宥栄が天正2年(1573)勝軍寺の寺号を拝領して、中興開山したといいます。徳川家康が関東入国した翌年の天正19年(1591)には寺領3石の御朱印状を受領、江戸期には近隣に末寺を擁していました。
新編武蔵風土記稿による勝軍寺の縁起
(尾ヶ崎村)
勝軍寺
新義眞言宗、足立郡倉田村明星院末、愛宕山求聞院と號す、天正十九年寺領三石を賜ふ、中興開山僧宥榮寂年詳ならず、本尊虚空蔵を安ず、
鐘樓。正徳三年鑄造の鐘をかく、
護摩堂
八幡社
久伊豆社
稲荷社(新編武蔵風土記稿より)
勝軍寺の周辺図
参考資料
- 「新編武蔵風土記稿」