大善院。岩槻から移転、足立百不動尊
大善院の概要
天台寺門宗寺院の大善院は、明光山と号します。大善院の創建年代等は不詳ながら、江戸期には岩槻にある本山修験宗寺院だったといいます。明治維新後の神仏分離令により廃寺とされたものの、天台寺門宗として明治12年に不動堂を建立、昭和8年に岩槻から当地へ移転したといいます。足立百不動尊3番霊場、北足立八十八ヵ所霊場86番です。
山号 | 明光山 |
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院号 | 大善院 |
寺号 | - |
住所 | さいたま市浦和区東仲町9-8 |
宗派 | 天台寺門宗 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
大善院の縁起
大善院の創建年代等は不詳ながら、江戸期には岩槻にある本山修験宗寺院だったといいます。明治維新後の神仏分離令により廃寺とされたものの、天台寺門宗として明治12年に不動堂を建立、昭和8年に岩槻から当地へ移転したといいます。
「さいたま市史料叢書」による大善院の縁起
埼玉県管下武蔵国浦和市字中ノ原
東京市城東区砂町不動院末 天台宗寺門派 大善院
由緒不詳
昭和八年六月七日南埼玉郡柏崎村大字加倉ヨリ北足立郡浦和町字中ノ原へ移転許可、昭和八年七月十二日移転実行済
昭和八年六月七日浦和町不動堂ヲ合併許可、昭和八年十一月三日合併実行済(「さいたま市史料叢書」より)
「埼玉宗教名鑑」による大善院の縁起
当寺はもと本山修験宗で、岩槻市加倉にあり、幸手不動院の末で、永明山と号していたが、明治初年の神仏分離令により廃寺となってしまった。
しかし、同12年天台寺門宗として、権仲講師金子覚・栄師により不動堂が建立され、昭和8年には、金子晴覚師が現在地に移転中興した。
以来、地域よりお不動様と親しまれ、季節毎の年中行事も盛大に行われている。(「埼玉宗教名鑑」より)
大善院の周辺図
参考資料
- 「新編武蔵風土記稿」
- 「さいたま市史料叢書」(さいたま市)
- 「埼玉宗教名鑑」