氷川神社(小谷田)。大宮氷川神社の分霊を勧請
氷川神社(小谷田)の概要
氷川神社(小谷田)は、入間市小谷田にある氷川神社(小谷田)です。氷川神社(小谷田)は、文治4年(1188)、大宮氷川神社の分霊を勧請して創祀、小谷田村の鎮守社だったといいます。明治5年に村社に列格、明治40年には中内手の沢神社及び境内社八坂大神社、森沢の稲荷神社、谷津の大若神社を合祀しています。
社号 | 氷川神社 |
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祭神 | 須佐之男尊 |
相殿 | - |
境内社 | 八坂社・稲荷社・沢社、大若神社 |
祭日 | - |
住所 | 入間市小谷田1474 |
備考 | 旧村社 |
氷川神社(小谷田)の由緒
氷川神社(小谷田)は、文治4年(1188)、大宮氷川神社の分霊を勧請して創祀、小谷田村の鎮守社だったといいます。明治5年に村社に列格、明治40年には中内手の沢神社及び境内社八坂大神社、森沢の稲荷神社、谷津の大若神社を合祀しています。
新編武蔵風土記稿による氷川神社(小谷田)の由緒
(小谷田村附新田)
氷川社
村の鎮守にて、東光院の持。
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大般若宮
祭神十六善神を安ず、同寺の持。
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稲荷社三宇
村内薬王寺東光寺の持なり。
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澤権現社
村内修験、明王寺の持。
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愛宕社
東光寺の持。(新編武蔵風土記稿より)
「埼玉の神社」による氷川神社(小谷田)の由緒
氷川神社<入間市小谷田一四七四(小谷田字里之内)>
霞川の流域に開けた丘陵上にある当地は、古墳後期の田端遺跡、縄文前・中期の森坂遺跡、中後期の坂東遺跡などがある。坂東遺跡からは多くの住居址が発掘され、また男子成人骨を入れた甕が発見されている。
創建については、社記に「文治四年八月武蔵国足立郡高鼻村氷川神社ノ御分霊ヲ遷座アリシ確証今存在ス」とあり、また、氏子旧名主増田敏雄家所蔵の古文書「定書」に先祖増田佐内の勧請によるとある。
『風土記稿』に「氷川社 村の鎮守にて、東光院の持」とあり、別当東光院については「真言宗、多磨郡大久野村西福寺の末、清栄山遍照院と号す、開山印融永正六年八月十五日示寂す、開基は滝沢・増田・吉田・桑田の四人にて、今も四家共に村内に連綿せり」と載り、同寺の創建にも増田家がかかわっていたことが知られる。
祭神建速須佐之男命・奇稲田姫命を祀る本殿は一間社流造りで、江戸中期の造営であり、屋根組み、彫刻は見事である。内陣には金幣を安置し「増田□□」の刻銘がある。
明治五年に村社となり、同四〇年には中内手の沢神社及び境内社八坂大神社、森沢の稲荷神社、谷津の大若神社を境内へ合祀する。『風土記稿』に載る村内修験明王寺持の沢権現社は沢神社、東光院持で十六善神を祀った大般若宮は大若神社である。(「埼玉の神社」より)
氷川神社(小谷田)の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿