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小作田稲荷神社。八潮市緑町の神社

小作田稲荷神社の概要

小作田稲荷神社は、八潮市緑町にある稲荷神社です。小作田稲荷神社の創建年代は不詳ですが、当地小作田の長安寺が天正19年(1591)に創建していることから、それに前後して当社も創建したと考えられているといいます。江戸時代には小作田村の鎮守社となっており、明治4年村社に列格していました。

小作田稲荷神社
小作田稲荷神社の概要
社号 稲荷神社
祭神 宇賀之御魂命
相殿 -
境内社 天王社、山王社
祭日 -
住所 八潮市緑町2-3-12
備考 -



小作田稲荷神社の由緒

小作田稲荷神社の創建年代は不詳ですが、当地小作田の長安寺が天正19年(1591)に創建していることから、それに前後して当社も創建したと考えられているといいます。江戸時代には小作田村の鎮守社となっており、明治4年村社に列格していました。

新編武蔵風土記稿による小作田稲荷神社の由緒

(小作田村)稲荷社
村の鎮守なり、華蔵院の持(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による小作田稲荷神社の由緒

稲荷神社<八潮市小作田六六六(小作田字西耕地)>
鎮座地の小作田は、古綾瀬川の氾濫原に位置しており、集落はその自然堤防上に分布する。小作田の地名は、沼の間の小さな水田の意であろうといわれており、曹洞宗の長安寺境内には、天正二十年(一五九二)に庚申講中の一六名によって、建立された二十一仏種子の板碑がある。ちなみに、この板碑は、日本最新の板碑といわれ、神仏分離までは長安寺境内の山王社で神体として祀られていた。
当社は、『風土記稿』小作田村の項に「稲荷社村の鎮守なり、華蔵院の持ち」と載るように、小作田の鎮守として祀られてきた社であり、明治四年に村社となった。創建の時期は定かではないが、右の長安寺の板碑の年紀から、室町時代の末期には既に村が開かれ、その鎮守として当社が成られていたと推測される。また、内陣には、本地仏である茶枳尼天の像が安置されており、華蔵院によって祭祀が行われていた神仏習合当時の名残をとどめている。この像は、像高二六センチメートルの木像で、台座の裏面には「享保八癸卯歳(一七二三)四月吉祥日八條領小作田村、織幡五郎右衛門、織幡太四郎」の墨書があるところから、この時期に村の旧家の一つである小幡(織幡)家にょって奉納されたものであることがわかる。なお、小幡家は、鈴木家と共に先祖は甲州武田家の落武者であったと伝えられ、恐らくは村の草分けとして当地の開発を行い、社寺の建立にも関与したと推測される。(「埼玉の神社」より)


小作田稲荷神社の周辺図


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