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大経寺。八潮市八條にある浄土宗寺院

大経寺の概要

浄土宗寺院の大経寺は、無量山浄光院と号します。大経寺は、中島浄金が開基となり、等誉暁翁上人が天正14年(1586)に開山、慶安元年(1648)には三代将軍徳川家光から寺領7石の御朱印状を拝領したといいます。大経寺観音堂に安置されている千手観音像は、埼玉県文化財に指定されています。

大経寺
大経寺の概要
山号 無量山
院号 浄光院
寺号 大経寺
本尊 阿弥陀如来像
住所 八潮市八條3877
宗派 浄土宗
葬儀・墓地 -
備考 -



大経寺の縁起

大経寺は、中島浄金が開基となり、等誉暁翁上人が天正14年(1586)に開山、慶安元年(1648)には三代将軍徳川家光から寺領7石の御朱印状を拝領したといいます。

新編武蔵風土記稿による大経寺の縁起

(八條村)大経寺
浄土宗にて古は京都知恩院末なりしが、後下総国小金東漸寺の末となれり、無量山浄光院と號す。慶安元年寺領七石を賜ふ、開山暁翁慶長十二年九月九日寂す、開基は関根兵吾と云、其子孫今も村民にあり、寺僧の話に、江戸小石川伝通院境内念佛堂の本尊は、もと當寺の本尊なりしが、故ありて公の命をうけ、彼所に移せりと云、今も本尊は阿弥陀を安置す。
稲荷社。
観音堂。観音は坐像にて、長七尺五寸許、高雄文覚の作と云。(新編武蔵風土記稿より)

八潮市教育委員会掲示による大経寺の縁起

大経寺
大経寺は、浄土宗の寺院で、天正十四年(一五八六)に暁翁上人が開山したと伝えられる。上人は、京都の知恩院にて修学、下向の途中八條村に立ち寄ったところ、付近に浄土宗の寺院がなかったため一寺を開いた。そのおり開基者となったのが中島浄金であったという。慶安元年(一六四八)には三代将軍家光より朱印地七石が与えられている。
本堂は、桁行五間(九メートル)、梁行七間(十二・六メートル)の宝形造りで、本尊に阿弥陀如来座像が安置されている。内外陣は天明五年(一七八五)に改修されており、山門は文化十三年(一八一六)、観音堂は文久元年(一八六一)の再建である。なお、観音堂には、円空上人が彫った千手観音像が安置されている。(埼玉県・八潮市掲示より)


大経寺所蔵の文化財

  • 千手観音像(埼玉県指定有形文化財)

千手観音像

千手観音像
大経寺は、天正十四年(一五八六)に等誉暁翁上人が開いた浄土宗の寺院で慶安元年(一六四八)には徳川家光より朱印地七石が与えられている。大経寺観音堂には、円空作の千手観音像が安置される。
円空上人は、江戸時代前期の修験僧で美濃國中島郡上中島村(岐阜県羽島市)に寛永九年(一六三二)に生まれ、近江国園城寺円満院住職尊栄上人に師事する。園城寺の行場大峯山において修験道を修行し、一二万体の造像を祈願して全国を行脚したと伝える。円空上人の若い時代、寛文五年(一六六五)から北海道・青森県・山形県・栃木県・茨城県などの行は、各地に大作の観音像を遺した。特に円空仏は岐阜県・愛知県・埼玉県に多く遺り、九州や四国地方にも分布し、現在発見されるだけでも五千体を越す。造像仏は丸木を竪に割り、材を生かした鉈彫りの正面観照の庶民的な仏像が多い。元禄八年(一六九五)に六四歳で没した。
大経寺の円空仏は、像高約二四三センチメートルの千手観音像では最大の円空仏で、円空上人の代表的な作である。材は杉材を用い、下半身は欅材の臼を半割りに使用する。これは、北海道の有珠岳を連想し造立したといわれる。
埼玉県内の浦和市・大宮市・岩槻市・蓮田市などに分布する埼玉彫りの円空仏と異り、栃木県・東北地方の円空仏に類似する。そのため大経寺の円空仏は、円空上人の行脚の足跡を知る手掛りとなる千手観音像である。(八潮市教育委員会掲示より)


大経寺の周辺図


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