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慈尊院。草加市稲荷にある真言宗豊山派寺院

慈尊院の概要

真言宗豊山派寺院の慈尊院は、清瀧山真福寺と号します。慈尊院の創建年代は不詳ですが、新編武蔵風土記稿では「秀長が開山」したといい、また南埼玉郡寺院明細帳では「永禄八(1565)年中開基秀信造営立ト申伝」といいます。武蔵国八十八ヶ所霊場79番です。

慈尊院
慈尊院の概要
山号 清瀧山
院号 慈尊院
寺号 真福寺
本尊 大日如来像
住所 草加市稲荷4-3-23
宗派 真言宗豊山派
葬儀・墓地 -
備考 -



慈尊院の縁起

慈尊院の創建年代は不詳ですが、新編武蔵風土記稿では「秀長が開山」したといい、また南埼玉郡寺院明細帳では「永禄八(1565)年中開基秀信造営立ト申伝」といいます。

新編武蔵風土記稿による慈尊院の縁起

(立野堀村)慈尊院
新義真言宗、別府村慈眼寺(現金剛寺)末、清瀧山真福寺と號す、本尊大日を安ず、開山を秀長と云、寂年は失へり。
観音堂。正観音を安ず。
地蔵堂。(新編武蔵風土記稿より)


慈尊院所蔵の文化財

  • 寛永十三年山王二十一仏庚申塔(市指定文化財)
  • 十二天中水天(水神)碑

寛永十三年山王二十一仏庚申塔

庚申信仰は、六十日ごとに訪れる庚申の日に、夜眠らずに過ごすことにより、健康長寿を願うものである。
この信仰は、道教から発したといわれており、人の身中に宿る三尸九虫が、庚申の日に天に昇り、天帝に人の罪過を告げ、その人の生命を縮めようとするため、これを防ごうと夜を眠らずに過ごすというものである。庚申信仰は平安時代から始まったといわれるが、庚申塔の造立は室町時代から始まり、江戸時代になり盛んになった。
慈尊院にある山王二十一仏庚申塔は、高さ一・〇九メートル、幅〇・三九メートル、厚さ〇・二メートルの板碑型である。中央最上部に来リーク(阿弥陀如来)の種子、その下には山王二十一仏の様子が記されている。庚申塔中央部には「奉果庚申待二世成就攸」とあり、また、その左右には、
「寛永十三年丙子十一月吉日敬白」(寛永十三年は一六三六年)と年紀が記され、さらにその下方左右には、四行にわたり講中八人の名が速記されている。
山王二十一仏の庚申塔は、草加市内に二例あるが、この庚申塔は、中世の山王二十一仏庚申板碑の系統をひくものであって、草加市内で最も古く、また山王二十一仏庚申塔としては、隣接市区を通じて最初に造立されたものであり、近世の庶民信仰を知るうえで貴重な資料であるといえる。(草加市教育委員会掲示より)

十二天中水天(水神)碑

抑々、十二天とは一切の天竜鬼神星宿冥官の総主たる十二の天部の諸神を良い一、に地天、二、に水天、三、に火天、四、に風天、五、に伊舎那天、六、に帝釈天、七、に焔摩天、八、に梵天、九、に毘沙門天、十、に羅刹天、十一、に日天、十二、に月天の十二の天部の諸神を言う。
水天(水神)は其の第二神にて、梵語の(Varuna)の訳にて、真言密教金胎両界曼荼羅中西方守護の竜王として安ぜられ、広く民間において水難除け、雨乞いの本尊として信仰されている。
此の石碑は、明治四十四年東京都よりの糞尿運搬船の船主八名の発起により、その航路の水難防災を祈念して船頭各位の浄財を以て、古川河畔稲荷町六五〇番地先に建立されていたが、都市計画の道路拡張工事の為、草加市の要請により、当院境内に移転奉祀せるものである。
清瀧山慈尊院(境内掲示より)

慈尊院の周辺図


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