不動寺。寄居七福神の寿老尊
不動寺の概要
真言宗智山派寺院の不動寺は、大聖山明王坊眞言院と号します。不動寺の創建年代等は不詳ながら、元成法印が開山したと伝えられ、江戸時代後期の地誌「新編武蔵風土記稿」が編纂された時点で、霊代住職は26世を数えると伝えています。
山号 | 大聖山 |
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院号 | 眞言院 |
寺号 | 不動寺 |
住所 | 寄居町富田2024 |
宗派 | 真言宗智山派 |
本尊 | 不動明王像 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
不動寺の縁起
不動寺の創建年代等は不詳ながら、元成法印が開山したと伝えられ、江戸時代後期の地誌「新編武蔵風土記稿」が編纂された時点で、霊代住職は26世を数えると伝えています。
新編武蔵風土記稿による不動寺の縁起
(男衾郡富田村)
不動寺
新義眞言宗、京都知積院の末、大聖山明王坊眞言院と號す、本尊不動は大山不動と同木同作と云傳ふ、開山元成法印遷化の年代詳ならず、當住まで二十六世に及と云、
鐘樓門。天明二年鑄造の鐘をかく、
清龍権現社
稲荷社(新編武蔵風土記稿より)
不動寺所蔵の文化財
- 板碑(寄居町指定文化財)
板碑
板石塔婆は、主として追善供養のため、鎌倉時代中ごろに出現し、江戸時代初期まで造立されたものであり、この青石塔婆は当町最古のものである。
板碑は緑泥片岩製で、規模は台上高一五六センチメートル、幅八五センチメートル、厚さ七センチメートルである。
主尊は阿弥陀一尊種子を刻み、その主尊の下には、線刻された蓮座、その下中央に挿花を持つ花瓶一個が美しく彫られている。
花瓶の右側には康元二年(一二五七)という紀年銘があり、左側には願主の名前と考えられる窪みがあるが、摩滅が激しくて読むことができない。
また、この板碑の頂部上面は、前方に傾斜させて成型されており、町内でも四例しか見られない特異な技法である。(寄居町教育委員会掲示より)
不動寺の周辺図