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大和田稲荷神社。比企郡吉見町東野の神社

大和田稲荷神社の概要

大和田稲荷神社は、比企郡吉見町東野にある神社です。大和田稲荷神社は、もと武田氏の家臣で大和田村の名主を代々務めた小沢家が、忍領上中条村より文禄年間(1592-1596)当地へ移住、大和田村の鎮守として京都の伏見稲荷大社を勧請して創建、明治4年には村社に列格したといいます。

大和田稲荷神社
大和田稲荷神社の概要
社号 稲荷神社
祭神 倉稲魂命
相殿 -
境内社 -
祭日 春祭3月30日、夏祭7月5日、秋祭10月14日
住所 比企郡吉見町東野5-17-4
備考 -



大和田稲荷神社の由緒

大和田稲荷神社は、もと武田氏の家臣で大和田村の名主を代々務めた小沢家が、忍領上中条村より文禄年間(1592-1596)当地へ移住、大和田村の鎮守として京都の伏見稲荷大社を勧請して創建したといいます。

新編武蔵風土記稿による大和田稲荷神社の由緒

(大和田村)
稲荷社
村の総鎮守なり、大輪寺持、(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による大和田稲荷神社の由緒

稲荷神社<吉見町大和田六八四(大和田村字上西谷町)>
大和田村の名主を代々務めた小沢家(当主は一六代の幸男)は、横見郡二一か村の惣代として、また、荒川舟運の大和田寄場の大惣代として、他村の名主に比べて強い力があった。その先祖は、甲州(現山梨県)武田氏の家臣で、一時は忍領上中条村(現熊谷市上中条)に住んだが、文禄年中(一五九二-九六)に当地に移り住んだといわれている。その後、小沢家を中心として当地の開墾が進められたものであろう。
当社は、この小沢家が、当地に入植してきた時に祀った神社であると伝えており、天保五年(一八三四)に再建した本殿の御扉には、同家の家紋である「三つ亀甲」が彫り込まれている。更に、当社の南方約五〇メートルの所にあり、江戸時代に当社の別当であった真言宗の大輪寺も、同じく小沢家によって建立されたもので、『風土記稿』にも「名主惣左衛門が先祖、小沢惣左衛門道繁開基す」と記されている。なお、大輪寺は明治三十一年に焼失し、小規模な堂宇が再建され、その跡地は、大和田霊園として整備された。
また、当社は、京都の伏見稲荷大社の分霊であるといわれ、本殿の中には、同社から拝受した「正一位稲荷大明神」の神璽を奉安しており、かつては宝暦十一年(一七六一)二月に同社から受けた分霊証書(前述の神璽と組になっていたと考えられる。)もあったという。(「埼玉の神社」より)


大和田稲荷神社の周辺図

参考資料
  • 「新編武蔵風土記稿」
  • 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)