野芽神社。比企郡吉見町和名の神社

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野芽神社。穀霊「野芽」を祀って創祀

野芽神社の概要

野芽神社は、比企郡吉見町和名にある神社です。野芽神社の創建年代等は不詳ながら、イネ科植物の穂先にある剛毛である芒「野芽」を社号としていることから、穀霊を祀って創祀したのではないかといい、江戸期には和名村の鎮守として祀られていました。

野芽神社
野芽神社の概要
社号 野芽神社
祭神 草野姫命
相殿 -
境内社 本殿内(八幡社、白山社、稲荷社、八坂社)
祭日 春祭り4月25日、例祭10月17日、秋祭り10月28日
住所 比企郡吉見町和名464
備考 -



野芽神社の由緒

野芽神社の創建年代等は不詳ながら、イネ科植物の穂先にある剛毛である芒「野芽」を社号としていることから、穀霊を祀って創祀したのではないかといい、江戸期には和名村の鎮守として祀られていました。大正元年に合ノ田白山社、字稲荷稲荷神社を合祀しています。

新編武蔵風土記稿による野芽神社の由緒

(和名村)
野芽明神社
村の鎮守なり、常念寺持、下同じ。
末社。牛頭天王社、稲荷社。(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による野芽神社の由緒

野芽神社<吉見町和名四六四(和名字丸山)>
吉見丘陵の東端部一帯は、古くから谷田が開かれた所で、中世には、横見郷と呼ばれていた。当社の鎮座する和名は、この横見郷に属した村で、その地名は、『郡村誌』に「地味 真土三分 赤色埴土七分」とあるように、埴土の多い土地であるため、「埴」が転訛したものと考えられている。
当社の社名の「野芽」は「のげ」(『風土記稿』では「のぐ」)と訓んでおり、イネ科植物の穂先にある剛毛である芒のことを意味している。『曾丹集』に「我守るなかての稲も芒は落ちてむらむら穂先出でにけらしも」という歌があるが、稲や麦の穂先に伸びる芒は豊かな実りをもたらすもの、すなわち穀霊が宿る依代に見立てられていたことは十分に推察できる。横見郷の総鎮守は、式内社の横見神社に比定されている飯玉氷川明神社(旧号)で、「飯玉」という社号が示すように稲に宿る穀霊を祀る社であることを考え合わせると、当社もまた、芒に宿る穀霊を祀った社であるということができよう。なお、『明細帳』によれば、祭神は草野姫命となっている。
また、拝殿には、江戸時代に奉納された「正一位野(埜)芽大明神」という社号額が二枚掲げられており、そのうちの一枚の裏面には「享保十二未(一七二七)八月二日」の年紀が見えることから、このころ京都の吉田家から極位を受けたものと思われる。(「埼玉の神社」より)


野芽神社の周辺図


参考資料

  • 「新編武蔵風土記稿」
  • 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)