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碗箱淵。比企郡吉見町一ツ木にある旧跡・名所

碗箱淵の概要

碗箱淵は、比企郡吉見町一ツ木にある名所旧跡です。碗箱淵は、かつてこの淵(沼)に向って祈ると椀具が出てきたといい、このことから椀箱淵(沼)と呼ばれるようになったといいます。吉見町・埼玉県掲示に登場する原家は、当地を開拓した名主家で、新編武蔵風土記稿に「旧家者徳太郎 当村草創の民なり、先祖勘解由良房は武田家人原隼人正が子孫なり、甲州没落の後、久しく当郡松山に住す、文禄年中(1592-1596)当所に土着して、民家に下る」とあります。

碗箱淵
碗箱淵の概要
旧跡・名所名 碗箱淵
みどころ 旧跡
区分 -
住所 比企郡吉見町一ツ木
備考 -




碗箱淵の縁起

碗箱淵は、かつてこの淵(沼)に向って祈ると椀具が出てきたといい、このことから椀箱淵(沼)と呼ばれるようになったといいます。吉見町・埼玉県掲示に登場する原家は、当地を開拓した名主家で、新編武蔵風土記稿に「旧家者徳太郎 当村草創の民なり、先祖勘解由良房は武田家人原隼人正が子孫なり、甲州没落の後、久しく当郡松山に住す、文禄年中(1592-1596)当所に土着して、民家に下る」とあります。

新編武蔵風土記稿による椀箱淵について

(一ツ木村)
椀箱沼
村の中程にあり、或は宮川とも云、昔此沼に怪異あり、農家に来客多き時、沼中へ書を投て請求れば、椀具用に随て辨ずと云、故に沼に名くとぞ、長三百三十間幅四十間、(新編武蔵風土記稿より)

吉見町・埼玉県掲示による椀箱淵について

この池の伝説によると、武田信玄の家臣の原美濃守虎胤の妻は、諏訪湖にいた竜神の化身で、子供が出来てから宝珠を残して湖に帰ったが、その後、虎胤は吉見領に移り諏訪湖から遠く離れてしまった。その子孫の良方、良清の代には、そばの大沼に向って祈ると膳や椀など不足なく出たという。そのため、この淵を椀箱淵といい、諏訪湖と通じているといわれていた。
このため、淵のほとりには龍神を祀った塚があり、かつては耳を患う人の信仰が厚かった。
時を経るに従い、淵も逐次埋め立てられ、面積も縮小されて昔日の原形はとどめないが、今は貯水池として農業用に、また、防災用に地域のため大きな役割を担っている。(吉見町・埼玉県掲示より)


碗箱淵の周辺図


参考資料