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天祖諏訪神社|品川区南大井の神社、東海七福神、旧浜川町鎮守

天祖諏訪神社の概要

天祖諏訪神社は、品川区南大井にある神社です。天祖諏訪神社の創建年代等は不詳ながら、大井村開闢とともに創建されたと伝えられます。江戸期には神明社として、(大井村内)旧浜川町の鎮守でした。明治8年村社に列格、昭和40年(「品川区の文化財」では昭和28年)に天祖神社と諏訪神社が合併したといいます。東海七福神の福禄寿となっている他、安産祈願・厄除祈願など諸祈願を電話予約(03-3765-2061)の上、随時受け付けています。

天祖諏訪神社
天祖諏訪神社の概要
社号 天祖諏訪神社
祭神 天照大御神、豊受姫神、建御名方神、小碓命
相殿 -
境内社 厳島神社、稲荷神社
住所 品川区南大井1-4-1
祭日等 例大祭8月、安産祈願等各種祈願等受付
備考 旧浜川町鎮守、東海七福神の福禄寿
天祖・諏訪神社公式サイト



天祖諏訪神社の由緒

天祖諏訪神社の創建年代等は不詳ながら、大井村開闢とともに創建されたと伝えられます。江戸期には神明社として、(大井村内)旧浜川町の鎮守でした。明治8年村社に列格、昭和40年(「品川区の文化財」では昭和28年)に天祖神社と諏訪神社が合併したといいます。

境内掲示による天祖諏訪神社の由緒

天祖諏訪の両社は江戸時代から此の地の鎮守とし神威昭々郷土の発展と共に今日に至りました。昭和36年1月氏子各位の要望により天祖神社諏訪神社御改築奉賛会が設立せられ新社殿を建立し昭和40年11月1日両社を合祀いたしました。(境内掲示より)

「大井町史」による天祖諏訪神社の由緒

天祖神社
天祖神社は南濱川千八百四十二番地に在り、祭神は天照大御神豊受大神を祀り、明治八年七月村社に定められ、濱川町と元芝との鎮守である。里人は之を神明社とも呼んで居る。寛政十一年八月代官への當社の書上に末社に稲荷、天満天神、疱瘡神社、辨財天社あり且村中より御供料として田畑寄付の書付のあることを記してゐる。其の寄附は正徳三年頃のことであつて、引續き其の土地は、村共有地として管理して来つたが、明治三十二年村會の議決に依り、神社の名義に移したものである。
尚境内二連理の椿があつて有名な古蹟であつた。又松・槻などの老樹茂り、盛夏猶涼風を含でゐる。祭禮は毎年九月十六日であつたが、今は八月一日に行はれてゐる。除地五百二十七坪、現今は東十一間、西十九間、南二十五間、北打廻し三十七間で、石垣を社地の周圍に築き、三方に數階の石段がある。當社は明治三十年四月勅令第九十六號並同年六月二十八日内務省令第十九號に依り、神饌幣帛料を供進さるることとなつた。(「大井町史」より)

「東京都神社名鑑」による天祖諏訪神社の由緒

鎮座の原由は不詳。古伝によれば村の開闢以来の社と伝えられ、古くは神明宮と称し、浜川町と元芝との鎮守として村人たちの崇敬篤い社であった。寛政十一年(一七九九)八月代官への当社の書上に、末社に稲荷神社・天満天神・疱瘡神社・弁財天社あり、かつ村中より正徳三年ころ(一七一三)御供料として田畑寄付の書付のあることを記している。寛政二年(一七九一)再建され、元治二年(一八六六)再興、慶応三年(一八六八)氏子の寄付により再建、現在に至っている。(「東京都神社名鑑」より)

「東京都神社名鑑」による境内社厳島神社の由緒

創立の原由は不詳であるが、天祖神社創立当時よりの摂社であり、弁財天と称して村人たちに崇敬篤い社であった。古くは御祭神に縁りの社殿をとりまく池の眺めが得難いものであり、一時その面影を失なったので、旧時に倍するものとして建立御奉斎をした。境内には松の大樹があり、地中の島上にはこの社の神詞がある。(「東京都神社名鑑」より)


天祖諏訪神社の兼務社


天祖諏訪神社の周辺図


参考資料


参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「品川区の文化財」
  • 東京都神社名鑑