本納橘樹神社|茂原市本納の神社

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本納橘樹神社|上総国二宮、延喜式内社

本納橘樹神社の概要

本納橘樹神社は、茂原市本納にある神社です。橘樹神社は、日本武尊東征に際して身を投じた弟橘姫命を祀るため、日本武尊が景行天皇41年に創建したと伝えられ、元慶元年(877)には從五位上勲五等に神階を授けられ、延長5年(927)に作成された延喜式神名帳にも記載される延喜式内社です。橘樹神社は、茂原(村)以北の総鎮守・上総国二宮としてして祀られ、徳川家康関東入国後の天正19年(1591)には社領6石の御朱印状を受領、明治維新後には県社に列格しています。

橘樹神社
橘樹神社の概要
社号 橘樹神社
祭神 弟橘姫命
相殿 -
末社 -
例祭日 -
住所 茂原市本納738
備考 延喜式内社



本納橘樹神社の由緒

橘樹神社は、日本武尊東征に際して身を投じた弟橘姫命を祀るため、日本武尊が景行天皇41年に創建したと伝えられ、元慶元年(877)には從五位上勲五等に神階を授けられ、延長5年(927)に作成された延喜式神名帳にも記載される延喜式内社です。橘樹神社は、茂原(村)以北の総鎮守・上総国二宮としてして祀られ、徳川家康関東入国後の天正19年(1591)には社領6石の御朱印状を受領、明治維新後には県社に列格しています。

「稿本千葉県誌」による本納橘樹神社の由緒

橘樹神社
長生郡(舊長柄郡)本納町大字本納字御船形に在り,境内二千三百三十一坪、祭神は弟橘姫命なり。社傳に云ふ、景行天皇四十一年正月日本武尊之を創建したまひ、元慶元年五月神位從五位上勲五等橘神に正五位下を授けらる、延喜式載する所の當國五社の一にして小社たりと。天正十九年十一月徳川家康社領六石を寄附す、明治六年五月縣社に列せらる、祭日は陰暦正月十七日・八月十三日なり。石華表に上總國二宮荘と刻せり、思ふに往古は舊茂原・高師以北の總鎮守なりしものゝ如し、今は𦾔本納・法目の二村の氏神とす。もと日本武尊手栽の橘樹ありしが今は其の朽株を蔵するのみ、又境内に多く橘樹を植ゑ其の實を服用せば痴病を癒すと云ふ。忌者六種あり社内に入るゝことを禁ず、末社六座あり。明治三十九年十二月幣饌料供進指定。(「稿本千葉県誌」より)


本納橘樹神社所蔵の文化財

  • 橘木社文書(一〇通)二巻附長谷川有則文書請取状控(千葉県指定有形文化財)
  • 本納橘樹神社社叢(茂原市指定天然記念物)
  • 宮ノ下遺跡(茂原市指定史跡)

宮ノ下遺跡

橘樹神社境内東側及び裏側の崖や水田から縄文土器や石器が出土することは明治のころから知られていたが、昭和二十五年本納中学校社会科研究部により、深鉢形土器(加曾利E式)が発見された。
宮ノ下遺跡遺跡は、標高十メートル地点であり、周辺の水田は地下一メートルで葦の根の腐食した土質となり、近年まで沼地であった。
橘樹神社の祭神は弟橘姫命であり、延喜式にのる社であることからも、単に縄文土器出土地のみでなく、その資料的価値は大きい。(茂原市教育委員会掲示より)

橘樹神社の周辺図