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光善寺。朝霞市溝沼にある真言宗智山派寺院

光善寺の概要

真言宗智山派寺院の光善寺は、密林山と号します。光善寺の創建年代は不詳ながら、江戸時代末期に編纂された新編武蔵風土記稿によると「真言宗新義にて、是も三寶寺末、密林山と號す、本堂五間半に三間半、本尊阿弥陀如来立像長三尺を安置す」とあります。

光善寺
光善寺の概要
山号 密林山
院号 -
寺号 光善寺
本尊 阿弥陀如来像
住所 朝霞市溝沼6-4-66
宗派 真言宗智山派
葬儀・墓地 -
備考 -



光善寺の縁起

光善寺の創建年代は不詳ながら、江戸時代末期に編纂された新編武蔵風土記稿によると「真言宗新義にて、是も三寶寺末、密林山と號す、本堂五間半に三間半、本尊阿弥陀如来立像長三尺を安置す」とあります。

新編武蔵風土記稿による光善寺の縁起

(溝沼村)光善寺
除地一段、村の中央にあり、真言宗新義にて、是も三寶寺末、密林山と號す、本堂五間半に三間半、本尊阿弥陀如来立像長三尺を安置す、是寺久く住僧もたえて、今は泉蔵寺の持となれりと云、かくおとろえゆきしまま開闢の年歴等すべて傳はらず。(新編武蔵風土記稿より)

「朝霞市史」による光善寺の縁起

溝沼地区・光善寺
密林山光善寺といい、宗旨は真言宗智山派で、本尊は中世期作ともされる立像の阿弥陀如来である。近世においては石神井三寶寺の末寺であった。由緒等は詳らかでなく、『風土記稿』においても「開闢の年歴等スヘテ傳ハラス」とあり、また、「久ク住僧モタエテ今ハ泉蔵寺ノ持トナレリト云」ともあって、すでに当時から無住で、かつ泉蔵寺の管理下に置かれていたことが読み取れる。
ただし、ごく短期間であったが、かつては無資格の僧が寺の掃除や寺有地の耕作をするなどして住み込んでいたこともあったようである。そうした僧のことは俗にナッショウ坊主と呼んでいたという。(「朝霞市史」より)


光善寺の周辺図

参考資料
  • 「新編武蔵風土記稿」
  • 「朝霞市史」



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