岡諏訪神社。東松山市岡の神社

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岡諏訪神社。東松山市岡の神社

岡諏訪神社の概要

岡諏訪神社は、東松山市岡にある神社です。岡諏訪神社の創建年代等は不詳ながら、江戸期は祖眞和尚(文禄元年1592年寂)が開山した妙安寺の境内に祀られていたといいます。文政元年(1818)に妙安寺隣接の当地へ遷され、岡の上地区の鎮守として祀られています。

岡諏訪神社
岡諏訪神社の概要
社号 諏訪神社
祭神 建御名方命
相殿 -
境内社 稲荷神社、白山神社、八雲神社、天神神社
祭日 祈年祭4月初寅、夏祭り7月14日、例祭8月26日、秋祭り10月1日
住所 東松山市岡1733
備考 -



岡諏訪神社の由緒

岡諏訪神社の創建年代等は不詳ながら、江戸期は祖眞和尚(文禄元年1592年寂)が開山した妙安寺の境内に祀られていたといいます。文政元年(1818)に妙安寺隣接の当地へ遷され、岡の上地区の鎮守として祀られています。

新編武蔵風土記稿による岡諏訪神社の由緒

(岡郷)
諏訪社
妙安寺の持、(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による岡諏訪神社の由緒

諏訪神社<東松山市岡一七三一(岡字寄居)>
和田吉野川の右岸に位置する岡は、上岡・中岡・下岡の三つの地区に分かれる。この内の上岡の鎮守として祀られているのが当社である。
口碑によると、当社は初め妙安寺の境内に祀られていたが、文政元年(一八一八)に現在の地(妙安寺の隣接地)に移されたという。昭和四十二年の社殿再建の際に「奉新造上屋一宇文政元戌寅稔十有二月初五日妙安院位立峰双代」と記した棟札が発見されており、この遷座に合わせて覆屋(上屋)が建立されたことがわかる。また、別の口碑によれば、当地は水害の多い所であったため、耕作に苦労した村人がその安泰を願って当社を奉斎したとも伝えている。
妙安寺は諏訪山と号する曹洞宗の寺院で、開山は文禄元年(一五九二)に入寂した祖真和尚である。同寺が山号を「諏訪山」と号したとすると、寺の創建時には諏訪神社が既にこの地に存在し、一旦はこの諏訪神社を取り込んで寺の鎮守としたが、改めて文政元年に寺の隣接地に移して村の鎮守としたものであろう。
明治初年、妙安寺の手を離れた当社は、社格制定に際し無格社となったものの、幸いにもその後の合祀政策で他社に合祀されることなく、現在に至っている。(「埼玉の神社」より)


岡諏訪神社の周辺図


参考資料

  • 「新編武蔵風土記稿」
  • 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)