上唐子の水神塔。都幾川槻川流域の筏連中が造立した塔
上唐子の水神塔の概要
上唐子の水神塔は、東松山市上唐子にある名所旧跡です。上唐子の水神塔は、槻川・都幾川流域で伐採した木材で筏を組んで、深川の木場へ流していた筏連中により造立された水神塔で、文政年間(1818-1830)の建立と推定されています。水神塔の台座には、筏連中の17村名及び48名の氏名が記され、筏流しが盛んだったことが確認できます。
旧跡・名所名 | 水神塔 |
---|---|
みどころ | 市指定文化財 |
入場時間 | - |
入場料 | 無料 |
住所 | 東松山市上唐子1677-2 |
備考 | - |
上唐子の水神塔の由緒
上唐子の水神塔は、槻川・都幾川流域で伐採した木材で筏を組んで、深川の木場へ流していた筏連中により造立された水神塔で、文政年間(1818-1830)の建立と推定されています。水神塔の台座には、筏連中の村名(神戸・根岸・将軍沢・鎌形・田黒・千手堂・遠山・下青鳥・石橋・上唐子・下唐子・大蔵・下里・玉川・番匠・一市・元宿)及び48名の氏名が記され、筏流しが盛んだったことが確認できます。同様の水神塔が嵐山町菅谷(蛇坂の水神塔)にあります。
新編武蔵風土記稿による上唐子の水神塔について
(上唐子村)
該当記載なし(新編武蔵風土記稿より)
境内掲示による上唐子の水神塔について
上唐子地区内都幾川の北岸月田橋の下に、支流槻川を含む都幾川の筏連中の建てた水神塔がある。横三〇センチメートル、縦二九センチメートル、高さ八〇センチメートルの上部が尖った石塔で、前面に水神塔、横に上唐子邨、筏連中と刻されている。台座は横六四・五センチメートル、縦六二・五センチメートル、高さ三五・五センチメートルで、側面にこれを祀った筏連中十七ヶ村、四十八名の氏名が刻されている。
(村名・氏名省略)
この人々は都幾川筋の元締を中心とする筏関係者で、当時川筋全体の組織がつくられ、盛んな筏流しが行われていたことが偲ばれる。
建立年月日が不明であるが、刻された人々が大概現在の六代前の人々であり、古老の話からも文政年間の建立と考えられる。
都幾川、槻川筋の山々から伐り出された木材(主に松材)は、両川の合流する畠山館跡の地点までサナガシされ、これより下流のものは月田橋・鞍掛・稲荷橋などのドバにカリダシされ、筏に組まれて東京は千住まで流され、深川の木場へと送られた。
ここに水神を祀ったのは、この辺りが川巾も広く良い筏カケバであり、渡船場でもあったことからと思われる。(東松山市教育委員会掲示より)
上唐子の水神塔の周辺図
参考資料
- 「新編武蔵風土記稿」