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薬王寺。ふじみ野市仲にある曹洞宗寺院

薬王寺の概要

曹洞宗寺院の薬王寺は、大龍山と号します。薬王寺は、長谷寺四世一邦昌朔(正保元年1644年寂)が隠居寺として開創したとも、外位全的(明暦3年1658年寂)が明暦年間(一六五五~五八年)に開創したとも伝えられます。歴代住職は、赤沼の池(薬王寺池・薬師手洗池)の保全に力を尽くし、正徳元年(1711)には中福岡弁財天を勧請したといいます。

薬王寺
薬王寺の概要
山号 大龍山
院号 -
寺号 薬王寺
本尊 薬師如来像
住所 ふじみ野市仲3-1-5
宗派 曹洞宗
葬儀・墓地 -
備考 -



薬王寺の縁起

薬王寺は、長谷寺四世一邦昌朔(正保元年1644年寂)が隠居寺として開創したとも、外位全的(明暦3年1658年寂)が明暦年間(一六五五~五八年)に開創したとも伝えられます。歴代住職は、赤沼の池(薬王寺池・薬師手洗池)の保全に力を尽くし、正徳元年(1711)には中福岡弁財天を勧請したといいます。

新編武蔵風土記稿による薬王寺の縁起

(福岡村)薬王寺
薬王寺
曹洞宗、大久保村長谷寺の末、大龍山と號す、本尊薬師を安す、(新編武蔵風土記稿より)

上福岡市史資料編による薬王寺の縁起

薬王寺
中福岡地区の東、水天宮公園の向かいに位置する寺で、宗派は曹洞宗に属する。大龍山と号して、かつては東大久保地区の長谷寺の末寺であった。
開基は江戸初期のころで、長谷寺四世の一邦昌朔(正保元年〈一六四四〉没)の隠居寺であったという。また別に、明暦年間(一六五五~五八年)に外位全的(明暦三年〈一六五八〉没)の創建とも伝えられている。また江戸時代には八幡社・第六天社二社・釈迦堂・観音堂を所有していた。
本尊である薬師如来は木造の座像で室町時代の作であるが、当時のものは台座前半部のみで、大半は江戸時代の補修材であると考えられている。脇侍として日光菩薩.月光菩薩の二体をもつ。上福岡市史資料編より)


薬王寺所蔵の文化財

  • 薬王寺の薬師如来像(ふじみ野市指定文化財)

薬王寺の薬師如来像

薬王寺の本尊として安置されている薬師如来坐像(市指定文化財)は、高さ四十八センチメートルの坐像で、一木造り、室町時代の製作と推定される。
この坐像は、全長にくらべて膝が高くつくられているような印象をうける。
江戸期になり顔、胸部、手等を補修し、金箔をほどこして彩色鮮やかになった。
薬王寺は、曹洞宗大龍山といい江戸初期、一邦昌朔(正保元年沒)を招き開山とし、その後、文山石雲(福岡新田・柳川家の人、安永五年没)が寺格を上げ、寺を整備したといわれている。
また、本堂前方の薬師手洗いの池(現在の公園)は、薬王寺創立の際つくられたと伝えられている。(ふじみ野市教育委員会掲示稿より)

薬王寺の周辺図

参考資料

  • 「新編武蔵風土記稿」
  • 上福岡市史資料編