荒木常世岐姫神社。旧称八王子権現社
荒木常世岐姫神社の概要
荒木常世岐姫神社は行田市荒木にある常世岐姫神社です。荒木常世岐姫神社の創建年代や由緒については不詳ですが、寛永10年(1633)・元禄13年(1700)の棟札があったといい、少なくとも江戸時代初期には既に鎮座しており、八王子権現社と称していたといいます。明治6年村社に列格していました。
社号 | 常世岐姫神社 |
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祭神 | 常世岐姫命 |
相殿 | - |
境内社 | 天神・伊奈荷合殿社、目神社 |
祭日 | - |
住所 | 行田市荒木5230 |
備考 | 旧村社 |
荒木常世岐姫神社の由緒
荒木常世岐姫神社の創建年代や由緒については不詳ですが、寛永10年(1633)・元禄13年(1700)の棟札があったといい、少なくとも江戸時代初期には既に鎮座しており、八王子権現社と称していたといいます。明治6年村社に列格していました。
新編武蔵風土記稿による荒木常世岐姫神社の由緒
(荒木村)八王子権現社
東福寺持。(新編武蔵風土記稿より)
埼玉県神社庁「埼玉の神社」による荒木常世岐姫神社の由緒
常世岐姫神社
社伝によれば、当社は古来八王子権現宮と称し、広く崇敬を受けていたと伝える。江戸期は、真言宗東福寺が別当を務めていたが、神仏分離によりこれを離れた。
八王子権現は、山王七社権現の祭神の一つ国狭槌尊を祀る。また、八王子は天照大神と素盞嗚尊との誓約の時に出現した五男三女の神、天之忍穂耳命、天之穂日命・天津日子根命・活津日子根命・熊野久須毘命・多紀毘売命(沖津島比売命)・市寸島比売命(狭依毘売命)・多岐津比売命である。なぜ八王子権現宮に常世岐姫神社の名を付けたのかは不明である。姫とつくことから後者の三柱の女神(宗像大神)を祀ったのではないかとも考えられる。現在の祭神は、常世岐姫命である。
また、大字渡柳にも同名の社(註:渡柳常世岐姫神社)があり、当社から分霊したものと伝えている。
社記によると、寛永一〇年と元禄一三年の棟札があると記されているが、現在、元禄の棟札のみが残されている。
明治六年に村社となったが、当社では合祀は行われなかった。
境内には末社として天神・伊奈荷合殿社と目神社を祀る。末社の祭りとしては、天神社が三月二五日、伊奈荷社が二月二二日となっていたが、これを行わなくなって久しい。(埼玉県神社庁「埼玉の神社より)
荒木常世岐姫神社の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿
- 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)