渡柳常世岐姫神社。荒木常世岐姫神社を勧請
渡柳常世岐姫神社の概要
渡柳常世岐姫神社は、行田市渡柳にある稲荷神社です。渡柳常世岐姫神社はの創建年代は不詳ですが、荒木常世岐姫神社を勧請して創建したと考えられ、江戸時代には渡柳村の鎮守となっていました。明治5年に村社に列格、明治40年11月29日に字内郷の天神社を合祀しています。
社号 | 常世岐姫神社 |
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祭神 | 常世岐姫命 |
相殿 | - |
境内社 | - |
祭日 | 例祭(灯籠)9月5日、獅子祭り7月18日 |
住所 | 行田市渡柳1479 |
備考 | 旧渡柳村鎮守、旧村社 |
渡柳常世岐姫神社の由緒
渡柳常世岐姫神社の創建年代は不詳ですが、荒木常世岐姫神社を勧請して創建したと考えられ、江戸時代には八王子社・八王子権現と称し、渡柳村の鎮守となっていました。明治2年に、常世岐姫神社と改称し村社に列格、明治42年に村内の諏訪神社、天神社、伊奈利神社、洗磯前神社、八幡神社、神明社、塞神社を合祀しています。
新編武蔵風土記稿による渡柳常世岐姫神社の由緒
(渡柳村)
八王子社
村の鎮守なり。
末社。八幡、渡柳弥五郎が霊を祀れる由、弥五郎八幡と称す。
八幡社。
諏訪社
稲荷社
二ツ宮。以上萬法院持
神明社。
天神社。以上長福寺持(新編武蔵風土記稿より)
埼玉県神社庁「埼玉の神社」による渡柳常世岐姫神社の由緒
当社の創建に関わる史料・口碑はないが、往古より渡柳の村の鎮守として祀られている。もともと、当社は八王子大権現と称し、万法院が別当であったが、明治初めの神仏分離により同寺の管掌を離れ、明治2年5月には現在の社名に改めて村社となった。その後、明治42年に、同村内にあった諏訪神社・天神社・伊奈利神社・洗磯前神社・八幡神社・神明社・塞神社を合祀し、現在に至っている。
主祭神は常世岐姫命である。文政9年再建のものと伝えられる一間社流造りの本殿には、金幣のほかに、合祀を行った旨が墨書された神璽箱が納められている。
渡柳には、埼玉古墳群に属する前方後円墳三基をはじめとする多くの遺跡がある。当社も古墳上に建立され、幾つかの出土品を所蔵していたという。
なお、「風土記稿」には、渡柳の村名を姓とし、中世に活躍したという渡柳弥五郎の霊を祀った八幡社(通称は弥五郎八幡)が当社の末社として記されているが、現在その所在は不明である。(埼玉県神社庁「埼玉の神社」より)
渡柳常世岐姫神社の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿
- 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)