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久伊豆神社大雷神社合殿。行田市皿尾の神社、旧皿尾村鎮守、旧村社、成田五郎長景勧請

久伊豆神社大雷神社合殿の概要

久伊豆神社大雷神社合殿は、行田市皿尾にある神社です。久伊豆神社大雷神社合殿は、皿尾を拠点としていた成田五郎長景が伊豆国三嶋社を勧請して文治4年(1188)に久伊豆社として創建したと伝えられます。大雷神社が合祀された時期は不詳ですが、新編武蔵風土記稿には久伊豆雷電合社と記載されており、江戸時代後期には合祀されていたようです。明治6年村社に列格、明治41年に皿尾字駒形の伊駒神社(駒形明神社)、皿尾字仲ノ在家神明社、皿尾字仲ノ在家天神社を合祀したといいます。

久伊豆神社大雷神社合殿
久伊豆神社大雷神社合殿の概要
社号 久伊豆神社大雷神社合殿
祭神 事代主命・別雷命
相殿 -
境内社 生駒神社、神明社、天神社、稲荷社、風神社、塞神社
祭日 -
住所 行田市皿尾393
備考 旧皿尾村鎮守、旧村社



久伊豆神社大雷神社合殿の由緒

久伊豆神社大雷神社合殿は、皿尾を拠点としていた成田五郎長景が伊豆国三嶋社を勧請して文治4年(1188)に久伊豆社として創建したと伝えられます。大雷神社が合祀された時期は不詳ですが、新編武蔵風土記稿には久伊豆雷電合社と記載されており、江戸時代後期には合祀されていたようです。明治6年村社に列格、明治41年に皿尾字駒形の伊駒神社(駒形明神社)、皿尾字仲ノ在家神明社、皿尾字仲ノ在家天神社を合祀したといいます。

新編武蔵風土記稿による久伊豆神社大雷神社合殿の由緒

久伊豆雷電合社
村の鎮守とす。縁起に文治4年4月成田五郎長景、伊豆国三嶋社を勧請せし所なる由記したり。成田五郎は承久の乱にも出し人にて、東鑑に見ゆ。されど久伊豆は郡中騎西町場に大社ありて、近郷是を勧請するもの多し。当社も恐くは其類ならん。社に永禄2年左衛門三郎と云ものの寄附せし鰐口を掛く。其図下に出す。此余天正5年中村丹波守守吉が寄附したる鰐口ありしが、何の頃か失ひしと云。
社人、青木主殿。入間郡塚越村、住吉神職勝雅楽が配下なり。
(中略)
神明社
天神社
駒形明神社
以上三社、泉蔵院持(新編武蔵風土記稿より)


久伊豆神社大雷神社合殿所蔵の文化財

  • 鰐口(行田市指定文化財)

久伊豆神社大雷神社合殿の周辺図


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