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天洲寺。行田市荒木にある曹洞宗寺院、国指定文化財の木造聖徳太子立像

天洲寺の概要

曹洞宗寺院の天洲寺は、聖徳山と号します。荒木長善の子八左衛門が開基、清善寺五世天洲全堯和尚が開山となり、慶長12年(1607)に創建したといいます。天洲寺所蔵の木造聖徳太子立像は寛元5年(1247)の墨書銘があり、国指定文化財となっています。

天洲寺
天洲寺の概要
山号 聖徳山
院号 -
寺号 天洲寺
住所 行田市荒木1614
宗派 曹洞宗
葬儀・墓地 -
備考 -



天洲寺の縁起

天洲寺は、荒木長善の子八左衛門が開基、清善寺五世天洲全堯和尚が開山となり、慶長12年(1607)に創建したといいます。

新編武蔵風土記稿による天洲寺の縁起

天洲寺
禅宗曹洞派、佐間村清善寺の末、聖徳山と号す。当寺は荒木長善が子、八左衛門が起立する所なり。開山天洲全堯元和2年2月5日寂す。本尊釈迦を安ず。
太子堂。聖徳太子16歳鏡の御影にして、長善沼出現の尊像なりと云。(新編武蔵風土記稿より)

境内掲示による天洲寺の縁起

天洲寺は、曹洞宗の寺で聖徳山天洲寺と称し、開基は慶長12年(1607)荒木長善の遺子八左衛門で、開山は清善寺五世天洲全堯和尚と伝えられている。
荒木長善の先祖は、北条氏の先祖伊勢新九郎長氏と共に関東に下った七人の中の一人といわれ、子孫代々荒木に居住して、荒木越前と称し、忍城主成田氏に属した。
境内には太子堂があり、堂内には国指定重要文化財である木造聖徳太子立像が安置してある。像高141cm、檜材寄木造りの孝養像で、胎内及び頭部に墨書による銘文が残されている。
それによれば沙弥西阿弥陀仏が願主となり、二親并舎兄等の往生極楽を祈って慶尊が導師格となり、大仏師慶禅が鎌倉で寛元5年(1247)につくったことが記されている。
銘文中の願主西阿弥陀仏とは、鎌倉幕府の関東評定衆の大江氏毛利四郎季光の法号で、大江広元の四男であり、二親并舎兄とあるのは、父母と兄二人と考えられている。(境内掲示より)


天洲寺所蔵の文化財

  • 木造聖徳太子立像(国指定重要文化財)

木造聖徳太子立像

天洲寺の木造聖徳太子立像は、用明天皇の病気平癒を願う太子十六才の姿を写した孝養像で、髪をみずらに結い、香炉を持つ姿をしています。寄木造、玉眼、彩色からなり、胎内の墨書銘から、寛元5年(1247)関東評定衆毛利四郎季光(法名西阿弥陀仏)の発願により、大仏師法橋慶禅が鎌倉の地において造像したことがわかっています。季光は、鎌倉幕府確立に功績のあった大江広元の四男で、この像の作成目的は、仁治3年(1243)に没した執権方丈泰時の往生極楽を願うことにありました。
制作年代のわかるものでは最も古く、作は雄渾無比の鎌倉初期の様式が明確に表われています。運慶様の作風が忍ばれると共に、宋風も表われた優れた孝養像です。 聖徳太子の命日にあたる二月二十二日に、毎年例大祭がおこなわれ、この日には太子像を拝見することが出来ます。(行田市教育委員会掲示より)


天洲寺の周辺図


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