永田白髭神社。飯能市永田の神社

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永田白髭神社。白鬚神社に白鬚神社を合祀

永田白髭神社の概要

永田白髭神社は、飯能市永田にある神社です。永田白髭神社の創建年代等は不詳ながら、永田には上と下とに分かれてそれぞれ白鬚神社を祀り、当社は上の白鬚神社だといいます。元禄10年には、両社に同じ造りの鏡を奉納しておいましたが、明治維新後の社格制定に際し、明治5年当社を村社とし、下の白鬚神社を(境内社の秋葉神社・稲荷神社と共に)明治13年合祀しています。

永田白髭神社
永田白髭神社の概要
社号 白髭神社
祭神 猿田彦大神
相殿 -
境内社 -
祭日 -
住所 飯能市大字永田363
備考 -



永田白髭神社の由緒

永田白髭神社の創建年代等は不詳ながら、永田には上と下とに分かれてそれぞれ白鬚神社を祀り、当社は上の白鬚神社だといいます。元禄10年には、両社に同じ造りの鏡を奉納しておいましたが、明治維新後の社格制定に際し、明治5年当社を村社とし、下の白鬚神社を(境内社の秋葉神社・稲荷神社と共に)明治13年合祀しています。

新編武蔵風土記稿による永田白髭神社の由緒

(永田村)
白髭社
村中の鎮守なり、例祭九月二十九日なり、萬福寺持、(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による永田白髭神社の由緒

白髭神社<飯能市永田三六三(永田字西裏)>
当社が鎮座する永田は上と下に分かれており、それぞれ細田一族が草分けといわれているが、上の細田と下の細田は別系統であるという。古くから上・下で白鬚神社を祀っていたが、このうち、上の白鬚神社が当社であり、下の白鬚神社は小字宮前四五六番地(現在は消防団の物置となっている)にあった。氏子は、各々、上宮・下宮と称し、両社共に敬い祀っていたものとみられ、元禄一〇年二月には、全く同型の鏡を、御霊代として両社に奉納している。なお、創建の年代は両社ともに不明であるが、上宮のほうが古いと言い伝えられている。
明治五年の社格制定に当たっては、上の白鬚神社が村社となったことから、同一三年九月四日に、下宮を境内末社の秋葉神社・稲荷神社とともに上宮に合祀した。この合祀について、一説にはどちらへ合祀するかを投票したところ、上宮へ合祀する方が一票多かったため、上宮に合祀したという。
祭神は猿田彦大神で、神明造りの本殿には、前述の元禄一〇年銘の鏡二面と石棒数本が納められている。かつて当社には本殿はなく、拝殿の奥に棚を設け、そこに神体を並べていただけであったが、昭和二三年に飯能第一小学校の奉安殿を譲り受けて本殿とした。(「埼玉の神社」より)

飯能市史資料編による永田白髭神社の由緒

白髭神社(永田字西裏363)
創建年月日は、はっきりしないが、明細帳によれば再建は、同社神前器(鏡)の裏に「元禄十丁丑年二月一日氏子ニテ再興ス云々」の記文がある。元禄10年は1697年である。
明治5年村社に列し、同13年9月4日字宮前村社白鬚神社を合祀した。(飯能市史資料編より)


永田白髭神社の周辺図


参考資料

  • 新編武蔵風土記稿
  • 「埼玉の神社」
  • 「飯能市史資料編Ⅳ社寺教会」