須江黒石神社。比企郡鳩山町須江の神社
須江黒石神社の概要
須江黒石神社は、比企郡鳩山町須江にある神社です。須江黒石神社の創建年代等は不詳ながら、明治維新まで枡井戸遺跡地近くにあった瑠璃光院が別当を務めており、舛井戸遺跡は瑠璃光院の御手洗井戸として寛徳年間(1044-1046)に建設されたと伝えられることから、古くより祀られてきたのではないかといいます。江戸期には須江村の鎮守として祀られ、明治維新後の社格制定に際し村社に列格、明治44年境内末社の愛宕社、および廃寺となった瑠璃光院(医王社)を合祀しています。
社号 | 黒石神社 |
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祭神 | 日本武尊 |
相殿 | 少彦名命、愛宕社(火産霊命) |
境内社 | 三峰神社 |
祭日 | 春祭り3月10日、例祭4月3日、秋祭り10月17日 |
住所 | 比企郡鳩山町須江412 |
備考 | - |
須江黒石神社の由緒
須江黒石神社の創建年代等は不詳ながら、明治維新まで枡井戸遺跡地近くにあった瑠璃光院が別当を務めており、舛井戸遺跡は瑠璃光院の御手洗井戸として寛徳年間(1044-1046)に建設されたと伝えられることから、古くより祀られてきたのではないかといいます。江戸期には須江村の鎮守として祀られ、明治維新後の社格制定に際し村社に列格、明治44年境内末社の愛宕社、および廃寺となった瑠璃光院(医王社)を合祀しています。
新編武蔵風土記稿による須江黒石神社の由緒
(須江村)
黒石明神社
村の鎮守なり、瑠璃光院持、
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愛宕社
稲荷社
同寺持、(新編武蔵風土記稿より)
「埼玉の神社」による須江黒石神社の由緒
黒石神社<鳩山町須江四一二(須江字升井戸)>
当社の鎮座する大字須江は、岩殿丘陵の中央部に位置し、鳩川の支谷沿いに水田の開ける農業地域である。須江の地名は須恵器にちなむといわれる。当地並びにその付近からは、古墳期から奈良・平安期にかけての窯跡群が発見されており、武蔵国分寺瓦の産出地の一つであった。
また、当社を含め、大字竹本・熊井・須江に鎮座する黒石神社はいずれも鳩川支流沿いにある。南比企窯跡群とこれら黒石神社の創建の経緯に何らかの関連がうかがわれる。
なお、『風土記稿』須江村の項には、「黒石明神社村の鎮守なり、瑠璃光院持」とあり、その瑠璃光院については、本山派修験の須江山光雲寺宮本坊と号し、薬師堂があったと記載されている。明治初年の神仏分離以降太平洋戦争前までは、地元の日野岡家が代々当社の祀職を務め、同家が本山派修験の流れを汲み、永く当社を守り続けたという。(「埼玉の神社」より)
須江黒石神社の周辺図
参考資料
- 「新編武蔵風土記稿」
- 「埼玉の神社」(埼玉県神社庁)