西福寺。比企郡鳩山町熊井にある真言宗智山派寺院
西福寺の概要
真言宗智山派寺院の西福寺は、陽石山観音院と号します。西福寺は、堯栄(慶長年間1596-1615寂)が開山したといいます。江戸期には当地の谷上流に鎮座していた山王社の別当を勤めていた他、毛呂神社・山神社を有していました。
山号 | 陽石山 |
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院号 | 観音院 |
寺号 | 西福寺 |
本尊 | 阿弥陀如来像 |
住所 | 比企郡鳩山町熊井1417 |
宗派 | 真言宗智山派 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
西福寺の縁起
西福寺は、堯栄(慶長年間1596-1615寂)が開山したといいます。江戸期には当地の谷上流に鎮座していた山王社の別当を勤めていた他、毛呂神社・山神社を有していました。
「近世鳩山図誌」による西福寺の縁起
熊井村の西福寺
下熊井に含まれる。細長い半島状の丘陵頂上部一角を切り開らいて開山。地続きの丘陵麓やその周辺に檀家が広がる。新義真言宗で本尊は弥陀。開基年代は、「開山堯栄は、慶長年中(一五九六~一六一五)示寂」とあるので、戦国期と思われる。村の産土の毛呂明神社および社領七石の御朱印状が下されている山王杜の別当寺で、あわせて山神社を抱える。
ところで同寺院を含む一体は、原初的な丘陵谷開発の神秘的雰囲気を漂わせる。山王社ももとはこの谷上流域の一画に鎮座していた。町内の他の寺院の江戸期付属社に対して西福寺のそれは、このヤマ世界の混沌にかかわるかのようで、興味深い。(「近世鳩山図誌」より)
新編武蔵風土記稿による西福寺の縁起
(熊井村)
山王社
慶安二年社領七石の御朱印を附せらる、勧請の年代等詳ならず、
別當西福寺
新義眞言宗、入間郡今市村法恩寺の末、陽石山觀音院と號す、開山堯榮は慶長年中示寂す、本尊彌陀を安ず、(新編武蔵風土記稿より)
西福寺の周辺図
参考資料
- 「近世鳩山図誌」
- 新編武蔵風土記稿