願成寺。伊奈町小室にある浄土宗寺院

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八幡山願成寺。伊奈熊蔵忠勝の墓

願成寺の概要

浄土宗寺院の願成寺は、八幡山地蔵院と号します。願成寺の創建年代等は不詳ながら、永正2年(1505)如忠上人が小室宿に阿弥陀堂として創建、徳川家康の関東入国に伴い当地を領有した伊奈備前守忠次が、当寺を当地へ移転させ、勝願寺中興第二世不残大和尚を開山として願成寺としたといいます。伊奈氏の三代目である伊奈熊蔵忠勝の墓(町指定史跡)があります。

願成寺
願成寺の概要
山号 八幡山
院号 地蔵院
寺号 願成寺
本尊 阿弥陀如来像
住所 伊奈町小室1821
宗派 浄土宗
葬儀・墓地 -
備考 -



願成寺の縁起

願成寺の創建年代等は不詳ながら、永正2年(1505)如忠上人が小室宿に阿弥陀堂として創建、徳川家康の関東入国に伴い当地を領有した伊奈備前守忠次が、当寺を当地へ移転させ、勝願寺中興第二世不残大和尚を開山として願成寺としたといいます。伊奈氏の三代目である伊奈熊蔵忠勝の墓(町指定史跡)があります。

新編武蔵風土記稿による願成寺の縁起

(別所村)
願成寺
浄土宗、鴻巣勝願寺末、八幡山本誓院と號す、開山は勝願寺の不殘上人なり、元和三年九月三日寂す、本尊彌陀の坐像一尺五寸許、行基作、
鐘樓。享保十三年鑄造の鐘をかく、
太子堂(新編武蔵風土記稿より)

「伊奈町史」による願成寺の縁起

願成寺は、八幡山地蔵院願成寺と号する浄土宗の寺で、本尊は阿弥陀如来である。『風土記稿』では、本誓院としている。寺伝によると、創立は永正二年(一五O五)で、開山は如忠上人である。当時は、小室宿の山中に建てられた小庵室(阿弥陀堂ともいわれる)であったという。その後、伊奈備前守忠次が、現在の場所に移し、現在の寺号を定め、勝願寺(鴻巣市) の末寺となった。『風土記稿』では、当時、勝願寺住職であった不残上人を開山としている。
願成寺の檀家は、地元の志の崎のほか、浅間、津地、丸山などに広がりを持つ。施餓鬼会は八月一七日である。(「伊奈町史」より)

境内掲示による願成寺の縁起

願成寺
願成寺は、浄土宗に属し、八幡山地蔵院と称する。本尊に阿弥陀如来像(座高一尺五寸)を安置している。
寺記録や関東十八檀林誌によると、創立は永正二年(一五〇五年)如忠上人が小室宿の山中に小庵堂(阿弥陀堂ともいわれる)を建てたときとされる。その後、文禄三年(一五九四年)伊奈備前守忠次が当地に移し、寺号を願成寺と定め、勝願寺(鴻巣市)の末寺となった。中興開山は勝願寺中興第二世不残大和尚である。
本堂は、元禄五年(一六九二年)に建てられ、昭和四十五年改築している。
この寺には、伊奈氏の三代目である伊奈熊蔵忠勝の墓(町指定史跡)がある。
また、関東十八檀林誌には、石川五右衛門を捕まえたとの伝説ある仙石越前守秀久(安土桃山時代の武将・一五五一年~一六一四年)が江戸から小諸に帰る途中亡くなり、この寺で埋葬されたと記されている。(埼玉県掲示より)


願成寺の周辺図


参考資料

  • 「新編武蔵風土記稿」
  • 「伊奈町史」(伊奈町教育委員会)